ドラマ「善徳女王」のファンブログです

    徐羅伐コレクション 公主編 その8
    えーっと、すみません!
    前回の青の公主日常服よりも、初登場回はこちらの衣装の方が先でした!登場順にとりあげていたはずなのに、不覚(汗)
    そのうちタイトルの数字をこっそり逆にしてるかもしれません…!(爆)
    というわけで、8着目は公主のお出掛着安康城バージョンです。ピンクに水色でかわいらしい感じのお衣装ですが、これを着ている場面は結構ヘビーで返り血が飛び散ったりします…。

    ●全身
    徐羅コレ8 全身
    今回のこのお衣装は水色の衣と裳にピンクの裳を重ね、上から水色のふちと襟のついた濃いピンクの羽織を重ねています。

    ●横姿
    徐羅コレ8 横姿
    羽織で隠れていますが、いつもの公主の日常服のようにピンクの裳についている天女の羽衣のようなひらひらもついているのが横からだとわかります。

    ●衣・袖口
    徐羅コレ8 衣
    水色に白い(銀)小花模様でかわいらしいですv

    徐羅コレ8 袖口
    袖口も銀糸の花模様で彩られています。そしてその花模様は帯下がりや巻きスカート状の一番上の裳の色に合わせて花弁の部分がほんのりピンクになっていて、このほんのり感が出過ぎない感じでいいですね。

    ●髪飾り・耳飾り
    徐羅コレ8 後髪飾り
    正面から見ると、真ん中にはいつもの金の冠が、そしてかつて一番最初に公主服を着た時(徐羅コレ1)やお出かけ着(徐羅コレ4徐羅コレ6)の時に挿していた金の小さい花のピンを左右4箇所挿しています。
    そして後ろにこれまたお出かけ着(徐羅コレ6)のときに後ろに下げていた飾りのうち、玉がついている鎖の部分をはずして、金の3連の飾りの部分のみ今回は使用しているように見えます。

    安康城で暴動が起きたと聞いて支度をしてすぐ出かけたので、髪形はいつもどおりのまま、衣と髪飾りと耳飾りを変えただけですね。(それだけ変えていれば十分w)

    徐羅コレ8 右髪飾り
    右側に挿している金の小花のピンは上側のは中に赤い玉がひとつ、下のピンには紫の玉が3つ中に入っています。赤いチェリーとブルーベリーにも見えて美味しそうですね(違)
    そして、耳飾りは公主復権後初めて王宮に入り部屋で橙色×黄色の公主服を着た時、マヤ王后に髪をすいてもらってる時にしている耳飾りと同じものがここで再登場です。(徐羅コレ1

    徐羅コレ8 左髪飾り
    左側に挿している金の小花のピンは上側は反対側と同じような赤っぽい玉がついているもので、下は半透明っぽい玉がついています。

    ●この衣装の名場面
    40話 私にはありのままの姿を見せてください
    40話 ありのままを見せてください

    ●登場話
    39話~40話

    ●備考
    上の「ありのままを見せてください」の場面は、安康城で民を自ら斬り厳罰に処した後に王宮に帰ってきたばかりの、民の声が耳から離れず手の震えも止まらない状態のところをピダムに声をかけられた、と私は思っていたんですが…
    徐羅コレ8 帰り道
    ↑ 帰り道の輿の中と比べると、髪飾りのピンが、左右とも上下逆になっているんですよねー。つまり赤いピンをずっと上に挿していたのに、王宮に戻ってきたら赤の方が下になっているっていう…
    徐羅コレ8 返り血
    しかも肩や袖に返り血を浴びていて、輿に乗って返ってくる途中まではまだ血まみれだったのに、なぜか王宮に帰ってきたら血がついていないんです。これって、一体…!?
    私が帰ってきてすぐだと勝手に思っていただけで、実は別の日なんでしょうか?チュンチュと徒歩で帰ってきた(のか?)っぽいピダムも花郎服に着替えていますし。でも別の日で王宮にいるのだったら、普段の日常着でいいような気もしますが。謎だ…

    そして、以前緋翠さんの記事でこの衣装を取りあげた時に、緋翠さんとりばさんもおっしゃってたんですが、
    23話 チョンミョンとトンマン
    この衣装は、昔1度だけ一緒に着たチョンミョンとトンマンのお揃いの衣装に、
    マヤのはみだし衣
    マヤが若いころ拉致された時に着ていた羽織をあわせたものなんですね。この鳳凰の刺繍部分が輿からはみ出ていたおかげで、自分が啓示を受けた鳳凰の主がそこにいるということにムンノが気づいたんでしたね。

    2着あるからこそ(マヤの羽織の方は何着あるか知りませんが)王宮に入る前に穢れた血糊のついた方を脱ぎ、もう1着の方を着て入城した…ことにしておけばすっきり…しないか(笑)

    徐羅コレ8 ランチタイム
    そして衣装ウォッチングとはあまり関係ないですが、私がこの写真好きなので(笑)、公式HPの写真をお借りしました。なんとも楽しそうなお食事の風景ですね♪
    ドラマ中はユシンと楽しげにしているトンマンを見て面白くなさそうにしていたピダムですが、こちらから顔は見えませんがユシンがうらやましそうな顔をしていればいいw
    そしてこの食事の中に「POPEYES」というチキン店の箱がありますが、そのチキンがピダムがいるから用意されたのだったらスタッフさんグッジョブwww

    ※ りばさんのブログ『Sail Alone ~孤帆の帆走~』の記事、「違うんですよmukugeさん。」とトラックバックいたしました。りばさんのコメントの続きはそちらへどうぞ~☆
    http://trackback.blogsys.jp/livedoor/skysail135/51725267
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    雁鴨池アナプチあなぷち
    と、並べると“あなぷち”が一番かわいいかも v
    なんていうことはさておき、月城から東門跡の方を抜けて国道を渡ると雁鴨池(アナプチ)があります。
    雁鴨池という名前は、朝鮮時代の詩人が池に飛んできた雁と鴨の姿を見て名付けたといい、本来の名前は月池といい、月城の東宮(太子が暮らす場所)として、また大切なお客様を迎える時に宴を開いたりもしたようです。
    新羅の三韓統一後にチュンチュの息子である文武王の時代に作られたようなので、善徳女王の時代にはなかった分私的にはあまりテンションもあがらなかったんですが(すみません!)、ここは必ず観光ガイドブックに載っているので一応行ってみました☆

    新羅滅亡以降、建物と築台が崩壊し池のみが残りその名さえ忘れられた経緯があったようですが、発掘によって池と周辺の建物址から3万点余りの遺物が出土し、それにより新羅王室と貴族の華麗な生活を窺い知ることができたことで注目されるようになりました。
    たとえば、酒宴で使われた遊具でありドラマの中でも出てきた酒令具はここの池の底の泥の中から出土しました。
    過去記事→「勝手にさいころ祭り

    雁鴨池館 模型
    国立慶州博物館の雁鴨池館に展示してあった雁鴨池の模型を2階から見てみました。
    白い数字とアルファベットは私が書きいれたものです。

    入場料を払って(1000ウォン≒70円)中に入ると、一番最初に目に入るのがこんな感じの風景です。一見何にもない野っぱらのように見えますが、
    雁鴨池 建物址
    柵の中の緑の部分には建物址の遺構が広がっています。基壇部を新たに作った後、本来の場所に礎石を置いて建物の規模がわかるようにしてあります。

    そして池のそばにあった5棟の建物の内、3棟は発掘後に復元して建てられました。

    雁鴨池 復元1
    模型の1番の位置にある復元建物です。
    中に雁鴨池とは直接関係ありませんが、月城にかかっていた月精橋の1/15サイズの模型が展示されています。
    月精橋 模型
    天気が良かったので日の光がガラスケースに反射して中が見辛いと思いますが、橋といっても上に屋根のついた回廊式になっていて、細工も細かく非常に豪華なつくりになっています。
    実際のものは長さ63M、幅9M、高さ9M(楼橋17.5M)という巨大なもので、月城の南側に流れる南川にかかっていました。統一新羅時代の最盛期である景徳王19(760)年に築造されたということで、当時の国の勢いが感じられますね。

    雁鴨池 復元2 
    模型の2番の位置にある復元建物です。復元してある建物の中では一番大きいものになります。中には当時の雁鴨池の模型と出土品のレプリカが展示してありました。
    雁鴨池 模型
    これまた反射して見辛くてすみません。最初に見た礎石しかない遺構の部分にこの先もし建物が復元されたら、こういう風になるんですねー!ぽつぽつと建っている復元建物を見てもあまり感動はありませんでしたが、このように回廊でつながれている建物を見ると、ドラマで出てきた建物っぽくて興奮します(単純すぎる…笑)。

    雁鴨池 復元3
    模型の3番の位置にある復元建物です。他のふたつに比べて小さめです。

    雁鴨池 全景
    池の形はふたつの模型を見るとよくわかりますが、建物のある西側の方は直線的になっていますが、東側は曲線を描いています。これは直線からなる開放的な空間と、曲線からなる閉鎖的な空間が繰り広げられることで、空間を実際より広く見せる効果があるといいます。
    また、建物がある西の部分のほうが東に比べて2倍以上高くなっており、これはまるで海を見下ろしているような感じがします。池という限られた空間をあたかも広い海のように見せる苦心の仕掛けであり、正殿が「臨海殿」という名称だったこともそれを暗示しています。
    その「臨海殿」は歴代の王が臣下と共に宴を開いた場所だそうですが、新羅最後の王である敬順王が高麗の太宗王健のために宴を催した場所もここであったということです。滅びゆく国の王とそれを吸収して大きくなる新しい国の王がこの地で杯を酌み交わしたという歴史がここにあったんですね。三韓統一をめざし新羅そのものでもあったトンマンを思うと、この栄枯盛衰に胸が痛くなってしまいます。。。

    雁鴨池 小島
    よぉ~く見たら、池の中に鯉がいました。
    池の中には大・中・小の島がありますが、これは道家の三神山と巫山12峰の崇拝思想の影響を受けているようで、池に3つの島を作り、池のふちに12峰にならった小さな山を築いたといいます。どうりで池のまわりが坂の連続になっていたわけです。

    雁鴨池 水溝
    池の水はこの模型Aの位置にある引水口を通して河川から水を引き、ここを通して雁鴨池に入ります。この引水口は二つの水槽が上下にあり、これは水に混ざった砂利や砂を濾過する役目を果たしています。この水槽を通って水は雁鴨池の中に垂直に落ちますが、落下地点に平らな石を敷いて、底の侵食と汚水の発生を防いだそうです。また池の中の島は、入水口を通って入ってきた水の流れを遅くして、池の侵食を防ぎ、水が自然に循環する役割をしています。
    池の反対側の模型Bの地点には排水口があります。排水口には3つの穴が縦に付いていて、この穴に木の栓をして水位を調節したそうです。
    雁鴨池もまた瞻星台のように、細部まで科学的に作られていたもののようですね。

    この雁鴨池は『三国史記』に文武王14(647)年2月「王宮の中に池を掘り 山をつくって草花を植えたり 珍しい鳥や獣を飼ったりした。」と記述があり、そのなごりかどうかはわかりませんが雁鴨池にもリスがいました。
    その内の一匹のリスがですねー、ずっと付いてくるわけですよ。まるでストーカーのごとく(笑)
    途中で少し休もうとベンチに座って水を飲んでいても、そのまわりをぐるぐる回るんです。食べ物がほしいのかなと思いつつ、かわいいけども餌付けしちゃいけないと思ってスルーしていたらなんと!素晴らしい跳躍力で、ベンチに座るうちの母の広い背中にキーーーック(爆)まるで無視すんなやと言わんばかりにw
    リス
    犯人はこいつです。こいつの顔にピンときたらご用心!w

    雁鴨池は観光地だけあって大型バスが次々ととまり、私がいた時には修学旅行生みたいな生徒たちがたくさんいて、あちこちで団体写真を撮る風景が見られました。なのでこうゆっくり庭園を眺めるという雰囲気でもなく、またあまり風流のわからない私としては、足早にまわってしまいまして。
    夜は瞻星台と同じようにライトアップをしているので、行った方の写真を見ると夜の方が幻想的で素敵だと思いました。昼はただの庭園…(略)。
    ですので、雁鴨池は夜に行かれることをオススメします!(私は見てないけどもw)

    ※画像を選択いただくと拡大して見れるようになってます

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    パンダの名前 【追記あり】
    今日は短いつぶやきを。

    上野動物園のパンダが誕生しましたね~
    実は、でもないですが私パンダ好きなんですv

    昨年シンシンとリーリーが来日したときも、早速見に行きました!
    子連れでもない私たちは最後列で秒殺でしたが(;´д`)
    中国にもパンダを見に行ったことがあります。パンダも見れるよといううたい文句で参加した上海ツアーでしたが、でも上海動物園には薄汚れたパンダが一頭いただけでしたが(;´д`)(;´д`)
    白浜のパンダにも神戸のパンダにも会ったことないので、いつか会いに行ってみたいですー♪

    さて上野動物園に話が戻りますが、パンダは約45%の確率で双子だということで、
    もし双子だったら絶対に
    トンマンチョンミョン
    で名前の公募しようと思ってたのに、どうやら一頭ということで。
    まだ男女の別はわからないですが、トンマンって名付けたい~!
    賢く、美しく、たくましく育つと思います。
    トンマン腹黒いし丁度いいじゃんと思ったら、
    写真を見たらパンダのお腹は白かったのでしたwww

    上海動物園パンダ
    ↑ 上海動物園のパンダ(××中w)



    7月11日午前、上野動物園の赤ちゃんパンダは亡くなられたそうです。
    心よりご冥福をお祈りいたします。
    【2012.07.11. 追記】

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    HAPPY BIRTHDAY ピダム
    建福元年七夕はピダムの生まれた日です。
    いつものことながら、旧暦とかそういうことはまったく無視して、現代の暦にてお祝いw

    七夕ピダム

    とは言っても誕生日とかいうよりも七夕色が強いものになってしまいましたが(^^;
    普通短冊にお願いごとを書く時って、「トンマンとチューできますように」とか「トンマンと結婚できますように」とか、そういう風に書くもんだろうと思うんですが、ピダムの場合ただ「トンマン」と書きそうな気がします。いや、トンマンのすべてが欲しいのだから間違いではないんだが(爆)


    そしてそして…
    先日あきさんとコメント欄にてやり取りさせていただいた時に、私ってば7月の行事は海の日までめぼしいものはないとか言っちゃって、なんとピダムの誕生日をすっかり忘れていたっていう。。。しかもそれを教えてもらうまで全く気付きませんでした(滝汗)おうぅぅ
    さすがの私もほんとうにピダムに悪いと反省いたしました。
    ピダムが大好きなもの詰め合わせセット作りましたのでこれで許してちょーだい、ピダム(笑)

    トンマン詰め合わせセット


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    The Great Queen Seondeok Tour 番外編 サムパプを食す
    雁鴨池を出たのが11時頃、朝早くからかなり勢いよくまわったので少々疲れまして、少し早いですがお昼にすることにしました。
    昼食後はいよいよレンタサイクルの登場なので、腹ごしらえをちゃんとせねば。
    で、記事はこのまま午後の部にいこうとしましたが、昼食が慶州名物サムパプだったので、せっかくなのでこれも簡単にですがご紹介させていただきまーす。

    サムパプは正直あまりいい評価は聞いたことないですが、ご当地ものには弱い私なので(笑)
    大陵苑の周りにはたくさんのサムパプ店がありますが、どこに入っていいかわからなかったので『クロサムパプ』という旅行サイトに載っていたお店にしてみました。並ぶほどのお店らしいですが、なんせ時間がかなり早いのですんなり入れました。

    サムパプ

    席につくとメニューはサムパプ一種類しかないので、問答無用で人数分の料理が並べられます。バババっと二人がかりであっという間に並べ終わりますが、全部で何皿あるんでしょう?
    しかもこれだけのお皿が並んで、たったの一人分10000ウォン≒700円!

    サムパプは、葉物にごはんとおかず・みそなどをのせて包んで食べる慶州の名物料理ですが、立って撮影しても、包むための葉が見切れてしまいました。椅子に登らないと全体像を撮るのは無理!(お行儀が悪いので断念/爆)
    葉もそれこそサンチュとかゆでたキャベツとか他名前のわからない菜っ葉から、コンブまでありました。

    下に引いてある白いテーブルクロスは薄いビニール袋を広げた感じのもので、2㎝位の厚みにたくさん重なっているんですよー。テーブルを拭く手間もはぶき、客の回転を良くするということですね。合理的っちゃー合理的w

    で、私的な感想はですね…。すみません。←で、察してください(笑)
    好みの問題とは思いますが、辛いものばかりというのはいいとしても、独特の酸味のあるものや臭みのあるものが多くて、私にはハードルが高かったです(^^;
    あ、ケランチム(蒸し卵)とチャプチェ(はるさめ炒め)は私の好みでしたv

    なんだかんだ言いつつ満腹になり(笑)、本日スタート地点の大陵苑の駐車場でレンタサイクルを借りて午後の部スタートです。
    午後一番に向かう先は、本日のメインとも言えるべきあの場所へ♪

    今行くから待ってて陛下~vvv

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