ドラマ「善徳女王」のファンブログです

    善徳女王のかおりのする寺 芬皇寺
    って、どんなかおり?花のようないいかおりなのは間違いない(´∀`*)

    ということで慶州の旅記事が続いておりますが、時系列順に載せているため、寺院が連続してしまいます。前回の皇龍寺に続きまして、お隣の芬皇寺です。まさに“皇帝が芬(かお)る寺”です。(実際の名前の由来は定かではありません)
    芬皇寺といえば、陛下に深いふかーい関わりのあるお寺として、今回のThe Great Queen Seondeok Tourのメイン訪問地のひとつでもあります。といっても、ドラマにはまったく登場しませんでしたが・・・!

    芬皇寺の創建については『三国史記』に、「善徳王3(634)年春正月 元号を仁平と改めた。芬皇寺が完成した。」とあり、皇龍寺の九層木塔よりも前にできていたものになります。また『三国遺事』には善徳王は当時の有名な僧侶である慈蔵を住まわせたとあります。

    皇龍寺側に門があります。ですが現在はこの門は閉じられていて、拝観客はこの門の左手の角をまわった側にあるもうひとつの門から入場します。拝観料は1300ウォンです。
    芬皇寺 門

    と、門をくぐる前に、現在の芬皇寺の敷地の外にあるこちらを先に。
    芬皇寺 幢竿支柱
    四天王寺にもあった幢竿支柱がここにも残っていました。
    立っている場所的に皇龍寺のものかとおもいきや、芬皇寺のものであるということです。後ろの木がこんもりしている場所が現在の芬皇寺ですが、当時はここまで芬皇寺の敷地が広がっていたと考えられます。この石の間に高い竿をたてて旗をかかげていたんですね。

    芬皇寺 幢竿支柱 亀
    上の幢竿支柱の反対側にくるりとまわってみると、台座の部分が亀の顔をしています。なんかこう甲羅干ししている亀のようで、ゆる~い感じが微笑ましく見えてきますv
    こうした亀の台座の幢竿支柱は他にはなく、とても珍しいものだそうです。

    さて、いよいよ寺院内へ。
    門より入ると真正面に芬皇寺といえばコレ!な三層石塔が見えますが、それは最後にじっくり寄ることにして、まずは現在の本堂へ向かいます。
    芬皇寺 普光殿
    普光殿と額が掲げられているこちらの建物には、金色に輝く薬師如来立像が安置されています。当初は新羅第35代景徳王14(755)年に工匠強固乃未が作りましたが、文禄・慶長の役のときに焼失してしまったそうで現在あるものは1774年の朝鮮王朝時代に復元されたものです。朝鮮時代に作られた立像は珍しいそうですが、ちょうど私が立ち寄った時には読経が行われている最中で写真を撮るような雰囲気でもなかったので写真に収めなかったのですが、とっても金キラに輝ける薬師如来様でした。

    この芬皇寺の伽藍配置は隣の皇龍寺と同じような一塔三金堂式ですが、皇龍寺が金堂が横に3つ並んでいたのに対して、芬皇寺は中金堂、東金堂、西金堂が品の形に配置されていたということが調査によりわかっています。

    焼失前の芬皇寺の左殿(東金堂)には『三国遺事』によると千手大悲観音の壁画が描かれていたとあり、景徳王の時に希明という女性の5歳の子供が突然目が見えなくなったので、子供を抱いて千手大悲観音菩薩の前に行って祷千手大悲歌を歌いながら祈祷すると目が見えるようになったという話が伝えられています。

    芬皇寺 普光殿壁画
    これは千手大悲観音菩薩の絵ではなく、現在の普光殿の外壁に書かれていた壁画の一部ですが、何を表している絵だか私にはわかりません。玉座のようなものに座る女人の姿に「へ、陛下!?」なんて妄想膨らみましたが、左上のほうに天女様みたいな方が浮いていますし仏画だとは思うのですが、高貴な女人や扇で煽ぐ女官みたいな方の装束が天女の衣みたいなひらひらしたものを纏ってるのがかわいいなーナンテ思っちゃいました。

    さて後回しにしていた石塔へ向かう前に、普光殿と石塔の間にあるものを2つ。

    芬皇寺 井戸
    この井戸は「護国竜変魚井」と呼ばれる統一新羅時代の井戸です。
    『三国遺事』に伝わる伝説によると、元聖王11(795)年に唐の使臣が来て、新羅の護国龍を3匹の魚に変身させた後、それらを捕まえて持ち去ってしまいました。翌日2人の女性が元聖王の前に現れ、自分たちは二頭の護国龍の妻であるが、護国龍を取り返してほしいと訴えました。王が人に唐の使臣を追いかけさせて取り返した後、井戸に放して再び棲ませた、ということですが、伝説って元になる何かの出来事があってそれを比喩して語り継がれたりするものだと思うんですが、一体この話にはどんな元ネタが潜んでいるんでしょうか。3頭の龍に、2人の妻。あと1頭は独身?とか余計なお世話ですねw
    それはさておき、井戸の枠の外部は高さ70㎝の八角形で、内部は円形ですが、このことは仏教の八正道と円融の真理を、井戸の中の四角形の格子は仏教根本教理の四聖諦を表すということで、仏教の教えには詳しくはないのでよくわかりませんが、意味を持って作られた井戸のようです。

    芬皇寺  和諍国師碑趺
    そしてこちらは郎徒トンマンが顔をバシャーっと洗った石桶みたい・・な形なんですが、石桶にしては掘っている部分が細めなような。なんだろ、腰かけ?なんて思ったら、隣に説明の看板が立っていました。そこには「芬皇寺 和諍国師碑趺」と書いてありまして、高麗時代の肅宗6(1101)年に立てられた元曉大師を讃える碑の碑趺(碑をささえる台座)だそうです。
    肅宗は元曉が東邦の聖人であるにもかかわらず、元曉を称える碑や諡号がないためにその徳が大いに知らされていないことを惜しみ、元曉に大聖和諍国師という諡号をおくり、元曉が滞在したここに碑を立てさせたということです。
    現在は碑そのものは失われてしまい、碑趺のみとなっております。長方体で上面には碑身を挿入した長方形の溝が掘られています。朝鮮後期の文人である金正喜によって「此新羅和諍国師之碑蹟」という文字が刻まれているということですが、正直どこに刻まれていたかはよくわかりませんでした(!)。

    ということで、お預けにしていたメインの石塔へなんですが、長くなりそうなので次回に分けます。
    次回は石塔とゆかいな仲間たち編です☆

    ※画像を選択いただくと拡大して見れるようになってます

    あと、前回の「皇龍寺」にて大事な陛下とのかかわりを書き忘れておりましたのでひそかに少しだけ追記しましたー。
    過去記事「天までとどけ 皇龍寺九重木塔 【追記あり】


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    mukugeさん 今晩はw

    いやー楽しみにしておりました!芬皇寺 !
    以前に幢竿支柱について触れられていたとき、きっと芬皇寺の亀さんを撮られているんだろうなーって期待しておりましたww
    どのような顔をした亀さんなのか・・・興味がありましたんでこんなゆる~いお顔をしてたんですね~v亀さんか?っていわれると微妙で私としては木の枝から落っこちたミノムシさんにも見えてしまいますー。
    塔のお仲間たちもわくわくしておりますv

    井戸の伝説ですが、愛知淑徳大学の論文に「龍の危機と説話的展開」てのがあります。長くて私には難しいなーな論文ですが、この伝説に触れていますので、機会があればお読みになってみてくださいませ…。
    げん | URL | 2012/08/22/Wed 21:25 [編集]
    すみません…再びー。「龍の危難とその説話的展開」ていうのが正しい論文名でした…。
    げん | URL | 2012/08/22/Wed 21:40 [編集]
    げんさんへ
    げんさん、こんばんはーv
    亀ゆる~いですよね。おじいちゃんぽい顔だなぁと思いましたが、言われたら居眠りしているミノムシにも見えてきましたw

    龍の伝説についての情報ありがとうございます!またわざわざ訂正いただいてすみません。でも最初のほうの題名でぐぐっても大丈夫でしたー。今日会社休みとって日帰り温泉に行ったんですが、その道すがら早速読んでみました(´∀`)9

    あの井戸の伝説をまとめるとき多少は私の方で簡略して書いたんですが、それでも私の読んだ『三国遺事』の訳本にはあの論文に書いてあるまでのことを書いてない部分やわかりづらい部分があったんですよね。
    あの唐の使臣(と河西国の人)に連れ去られた龍は、東池、青池(東泉寺の泉)そして芬皇寺の井戸にと別々の場所に棲んでいる龍で、元聖王に嘆願したのは東池と青池の龍の妻なんですね。
    そして唐の使臣が龍を取り戻した元聖王の明晰さに感服するっていうオチがあったっていう。

    この論文によると、大海にかぎらず井戸、泉、池に棲む水の支配者として信仰される龍は新羅を守護する護国龍という位置づけがあるということでした。
    唐の使臣は特別な職能を備えているという河西国(黄河以西)の二人を帯同してきて、新羅の護国龍に呪文をかけて龍から魚に変えて新羅から護国龍を連れ去るという計略を用いて新羅を危機にさらしますが、その危機を救ったのは即位の際北川の神(龍神)の神通力のご加護があったという元聖王ということで。今回もまた龍神の助力を得て唐の使臣の計略と河西国人の術策の真相が分かり、それに見合う妥当な処置を取ることで龍を危難から救済することができました。人知れず秘儀をもって行った護国神除去の計略が見破られたからには、唐の使臣もその神威なる明晰さを見せている元聖王に感服せざるを得なかったという。
    ということで、この元聖王には龍神のご加護があったという話しの流れがあったんですね。

    論文には特に書いてありませんでしたが、龍の棲んでいた東池とは月城の東にある雁鴨池なんでしょうか?そして東池と青池の龍の妻が出てきて、芬皇寺の井戸に棲む龍の妻が出てこないというのは、もしかして芬皇寺は善徳女王の創建なのでそこの護り龍は女性の龍だからなのかしら?なーんて、伝説についてまでまたまた妄想してしまいましたw

    なんかオチのない伝説だなぁと思ってたので、ピンポイントな論文ご紹介くださってありがとうございましたーv
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/08/23/Thu 17:50 [編集]
    勝手な想像ですが
    mukuge 様 こんばんは!

    伝説の元ですが、「龍」は水を意味するので、私は2つの池の水が涸れてしまうような干ばつのときに、井戸を掘ってしのいだ、というようなことかと想像していました。それをやらせた(井戸掘りに成功した)のが元聖王で、唐の使臣の話は、干ばつを唐のせいにしたのかと(笑)。

    龍=水は、朝鮮にも日本にも、きっと中国から伝わっているのでしょうね。この意識は日本に浸透していると思います。
    (「龍は」水を意味するから、家を買うときは、「龍」がつく地名の場所は避けましょう、なんて、「家の買い方」というような指南書に出てきます。「谷」とか「泉」とかつくのも水の出る場所だと。私が昔住んでいたところは「竜泉」という最悪(?)な地名でした。隣は「下谷」だし、「入谷」だし、実際、ちょっと大雨が降るとすぐに水が道路に溢れて、住み始めた頃は、地下鉄の入り口に土嚢が常備してあるのに驚いたものです。)
    midorin | URL | 2012/08/24/Fri 23:58 [編集]
    midorin様へ
    midorin様、こんばんはーv
    歴史書には干ばつに関する記述はよくありますし、この伝説はある意味元聖王のマンセー話ということですから、干ばつの対策をした元聖王の話しというmidorin様の想像もその可能性はないとはいいきれないですよねー。
    私なんぞ、竜の妻がわざわざ人間の女に姿を変えて王に嘆願するということで、竜夫婦の愛情物語に重点をおいているのかと思ってました(爆)だからなんでもう1頭の妻は出てこないのかなぁって思ったっていうw(アホ丸出しwww)

    へぇー、そうなんですねぇ。風水的には龍の名前がつくのはだめなんですか。素人のイメージとしては昇り竜ってのがありますし、なんとなく運気があがりそうなイメージなんですが。「竜泉」とはそういう意味ではダブルでありゃりゃという感じですね(^^;)
    でもこの伝説のように護国龍が棲む泉があるところと考えれば、水を呼ぶということで注意しなくてはいけなさそうですが、他のことでは護ってくれそうな気もします(^^)V
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/08/25/Sat 23:00 [編集]
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