ドラマ「善徳女王」のファンブログです

    「善徳女王」を勝手に地図にしてみよう トンマン鶏林上陸
    最近はじめの方からまたドラマを見返していますが、字幕を出しながら日本語吹き替えで見るということをしています。そうすると今までに聞き流していた情報が色々入ってきてあれれ?と思うことがあったりしました。
    以前にトンマンがいたタクラマカン砂漠の街を特定してみようと書いてみた記事で、色々思考をこねくりまわしてこの時代の中国は隋の支配下であった!なんてこと決めてみましたが、先日もそうやって6話を見返していていた際、トンマンがチュクパンに初めて出会った時に「隋の国から遠い西の砂漠から来ました」とか、ソルチのいる伽耶の移民の村でつかまった時に「隋の商人に売り飛ばしましょう」とかいう台詞が出てきたんです。
    この時代が隋なのか唐なのか悩んだんですが、おもいっきり台詞の中に出てきていましたーっていうオチが!(爆)

    ということで遠回りしながらwすすめておりますが、今回はいよいよトンマン朝鮮半島上陸編です。

    砂漠でソファを失った悲しみにうちひしがれていたトンマンですが、ようやく一歩踏み出そうと旅立つことになります。一旦トンマンと別れてローマへ旅立とうとしたものの、トンマンが気になり一度戻ってくるカターンおじさん。
    5話 カターンおじさんの馬
    鶏林に行って自分が何者であるか知りたいというトンマンに理解をしめし、道中危険だから男の格好をするようにと言って帽子をくれたカターンおじさんですが、男の格好をしていても女の子の一人旅です。えーっと、もちろんその馬も置いて行ってくれますよね?普通はくれるよね?おじさんはあとからどっかで馬を買ってねってことで、ちょっぴり強奪ぎみに馬をいただいたことにしてみますw

    この馬に乗ってまずは東の敦煌を目指したのでしょうか?そこからシルクロードの拠点である隋の都長安に向かったとしまして・・・ぶっちゃけそのあとのことは良くわかりません…!(えー!)
    ソファが大陸にたどり着いた杭州から半島行きの船に乗ったのか、それとも別の港町から船に乗ったのか。
    05話 トンマンの乗る船

    出発した港はよくわかりませんので、船に乗ってたどり着いた場所のほうを考えてみたいと思います。
    トンマンは鶏林の港に着いて、おそらくそのまままっすぐに万弩(マンノ)郡に向かったと思われます。
    05話 万弩城
    城の扁額は「萬努城」となっていますが、字幕は万弩城だったのでこちらの漢字をここでは使います。
    万弩郡の大守はユシンの父のキムソヒョンで、実際に鎭川邑上桂里ケヤン村には「興武大王金庾信将軍誕生址」という史跡が残されています。さらにその敷地内の山の頂上には、金庚信将軍のへその緒をおさめた「胎室」もあるそうです。へその緒といってもその真偽のほどは定かではなく「胎室」というとなんとなく後世に作られたもののような気もしますが。それはともかく、金庚信将軍が幼いころに武術の練習をしたとされる兜岩や馳馬台、当時の井戸「蓮宝井」も現存しているそうです。
    このことからも万弩郡は現在の忠清北道鎮川のあたりとはっきりとわかるのですが、では何故トンマンが万弩郡にやってきたのでしょうか。

    ・・それは自分の出自を知るためのたったひとつの手掛かり、“ムンノ”の生まれ故郷であったから。
    万弩城の市の絹を売っている商人に「ムンノが故郷にいると聞いて来たんだ」とトンマンは言い、「確かに彼の故郷だが姿を見せない」と言われています。
    知らないと言われてもめげずに聞きまわっていたトンマンですが、こんな感じで鶏林に着く前大陸にいる時から、ソファが杭州に着いて最初に立ち寄ったキム・ドロクさんのいたような新羅人の村や、新羅に詳しい人に会うたびにムンノのことを聞いてまわっていたのではないかと思うんです。そこですでにムンノの出身地は万弩郡という情報を得たのではないかと。

    そう考えた上で、万弩郡のあたりの地図を見てみます。
    マンノ郡地図
    もしはじめから万弩郡を最初の目的地にしていたとしたら、そこに近い港から上陸するのが一番手っ取り早いのではないかと思うんです。
    トンマンの乗っていた船の船頭は中国語で「鶏林だ やっと着いたぞ」と言っているので、新羅の国内便ではなく隋から直接来た船だと思いますし。

    05話 鶏林の港
    トンマンの乗った船は大きな河のような水路を進み、港にたどり着いています。
    半島の地図を見るとちょうど湾になっている部分があり、そこから河をさかのぼり、万弩郡近くの港に着いたと考えてみました。
    実際のその時代の航路や港について資料がみつけられなかったので、あくまでも想像の範囲内です。

    最後にもうひとつ。
    カターンおじさんから馬を貰ったという事にしましたが、鶏林行きの船に乗った時には馬を連れていなかったことからもうひとつ遊んでみます(笑)
    6話 金の飾り
    チュクパンとコドに出会ったトンマンは、ムンノの居場所を教えてくれと金の飾りを差し出します。
    この金の飾りってどうしたんでしょうね?ソファが持っていたものだったんでしょうか?
    そして生まれたこの妄想。
    トンマンの旅の途中、歩くのも大変な御老人にカターンおじさんから貰った馬を譲ってあげた。そのお礼に御老人の家に代々伝わる壷を貰った。旅が進むにつれ壷は別のものに変わり、別のものはさらに別のものになり、最後に金の飾りに変わった。
    ・・・トンマンはわらしべ長者かwww

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    その時歴史が動いた
    mukugeさま、こんばんは。

    実は、気になっていました。善徳女王の世界で、中国が隋から唐に変わったのはどの時点だったのか。

    ミシルが乱を起こした時には、完全に唐でしたよね。ミシルが正使に「わたしと政治を語りたければ李世民(唐の二代目皇帝を呼び捨て!)を連れて来い!」と言い放つ場面は最高にカッコイイ(≧∇≦)

    さかのぼってトンマンがまだ郎徒だった頃、商団を連れてやってきた使節団は、隋からではなかったかと…いやうろ覚えにすぎませんが。違ったらごめんなさい。
    で、その狭間、チョンミョンが亡くなってチュンチュが中国から呼び戻される、その時はどちらだったかな?とわからなくなります。もし本当にこのへんで唐に変わっていたら、そんな歴史と外交の大事件がなんてスルッとスルーされていることかと。

    地図ではなく歴史年表の話ですみません。でもこういうこと考えるのって楽しいですよね(^∇^)
    鵬(ホウ) | URL | 2012/11/13/Tue 22:45 [編集]
    鵬様へ
    鵬様、こんばんはーv
    唐と隋、あらためてそこに注目すると、私も気になってきました(笑)今見返しキャンペーンをしているので、今度はそこもちゃんと気にして見ようと思いますが、確かチュンチュが呼び戻されるときには、抗州へ使いを・・・とか言ってて国名ではなく地名で登場していたような。記憶があやふやですみません(^^;
    617年に唐が隋の中央を支配していたとしても、杭州のあたりはまだ隋であったようですし、どっちかという判断をするには時期によっては難しい地域ですよね。

    地図も好きですが、年表も好きなのでとても楽しいです♪一度年表もちゃんと作ってみたいとは思うんですが、ドラマの世界は色々矛盾があるのでハードルが高くて。
    そういえば、Gyaoの配信を見ていたら、韓国版のDVDには入ってなかった「1~2話は登場人物の背景となる572年~602年まで縮約し再構成しました」って冒頭に出てきたんです。ドラマなんでフィクションの部分があっていいと思うんですが、実際の歴史と矛盾する部分があるということに制作陣も結構気を回していたんでしょうかねー?
    というか今ふと思いましたが、ということはドラマ的にトンマン出生は602年頃と考えていいんでしょうか!?わ~興奮してきましたー!
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/11/14/Wed 18:18 [編集]
    航路は謎です


    mukugeさん今晩はvところでトンマン上陸地帯は、私もmukugeさんの推測の通りだと思いまーす。

    1話レビューその1でも扱ったんですが、mukugeさんが図に示した半島の西海岸は、真興王による領土拡大で初めて新羅の国土となった部分で、もとは百済の国土でした。しかも高句麗からやっとこさ取り戻したところを、百済と同盟を組んでたはずの真興王が横取りしたという土地だったと思います。

    で、これまで地理的にルートがなく、中国との国交には百済か高句麗の使臣に随行せねばならなかった新羅が、この土地を獲得したことで初めて、中国への直接の海路を確保した、と読んだ本には書いてありました。

    という事は、それまでは中国へ行くには百済か高句麗の土地に一旦入って、それから海路或いは陸路、しかなかった、新羅の土地から直接中国へ向かう海路はなかった、という事なのでは。

    なのでひいおじいちゃん真興王のおかげで、トンマンは中国から直接新羅の地に立つことができた、という事ではないでしょうかw

    〉〉鶏林に着く前大陸にいる時から、ソファが杭州に着いて最初に立ち寄ったキム・ドロクさんのいたような新羅人の村や、新羅に詳しい人に会うたびにムンノのことを聞いてまわっていたのではないかと思うんです。

    きっとそうですね!それにしても杭州からはもうキム・ドロクさんは商売引き揚げちゃってたんでしょうかねー。ムンノはソファが姿を消した事から、それらしい親子が姿を表したら連絡をくれ、とか言ったと思うんですよねー。15年という月日のせいもあって、砂漠から来た男の子ではドロクさんが例え直接トンマンに合ってたとしてもピンとこなかったんでしょうか。
    riba | URL | 2012/11/21/Wed 23:46 [編集]
    ↑ あう。一つ前のコメントも私です(恥)
    直接入力のまま名前がローマ字で・・・しかも気付かずenter押したらすぐ投稿。あうあう。

    ・・・で、くっつけるはずの忘れものを一つ。

    鎮川の看板の一つはやはりユシンですよねー。「鎮川花郎食膳」なんてのも見かけましたー。(URLを下においてみました)めっさ豪華メニューですが、鶏とか豚のおかずもあり、食べたそばから世俗五戒を破りそうなメニューですw

    ttp://www.koreataste.org/lang/ja/ja/food-ja/food-stories-ja/%E5%BF%A0%E6%B8%85%E5%8C%97%E9%81%93-%E9%8E%AE%E5%B7%9D-%E8%8A%B1%E9%83%8E%E3%81%AE%E6%B0%97%E5%93%81%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%96%99%E7%90%86/
    りば | URL | 2012/11/21/Wed 23:51 [編集]
    riba(りば)さんへ
    りばさん、こんばんばーv
    気の短い管理人ゆえ、投稿画面も一発即書になっております。ごめんあそばせ。

    で、
    >これまで地理的にルートがなく、中国との国交には百済か高句麗の使臣に随行せねばならなかった新羅が、この土地を獲得したことで初めて、中国への直接の海路を確保した

    ほんとですか!私トンマンの上陸ルートを考えてみたはいいものの、本当は文献等での裏づけが欲しかったんですが、なんとも文献探しが下手で出会えなくて。でもりばさんがお読みになった本にそう書いてあるなら、非常に心強いです。

    新羅の当時の港がどれくらいあったのか、蔚山や、釜山のような今でもある港町が当時から使われていたのかよくわからずそっちのルートもあったのかもしれないと思いつつ、隋からダイレクトに半島の西に入るルートを選択したのですが、新羅の土地から直接中国へ向かう海路はなかったとなると、もうあそこからしかないように思えてきました。素敵な情報ありがとうございます、ありがとうございます!

    そう考えると、ひいおじいちゃんが百済から土地を獲得して領土としたことによって、そこから上陸し、そこがムンノの故郷でもあるけれどユシンの故郷でもあって、ユシンと出会った。う~ん、よくできてますねー。

    ご紹介の美味しそうなサイトは、ユシンの故郷について調べていたときにひっかかってきて私も美味しそうだなと思って見てたんですが「鶏肉とナマコの炒め物」って、どんな味なんでしょうね?w ナマコって高麗人参に匹敵する薬効があるんですよね。あと例の海狗腎代わりにもよさそうな。だからユシンは新婚早々こども・・・略w
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/11/22/Thu 22:21 [編集]
    mukugeさん今晩は~お待たせしました!
    え?ええまあ別にお約束も予約もしてないんですけど気分です、気分。航路の事について以前からカキコしたかったんですが、今日やっとこさまとまりました。長いですいつもながら。お覚悟!

    まず先日見ていた「ケベク」の話から。ケベクとゲソやんが新羅と唐の連合軍がどう攻めてくるかって話してるシーンがありまして。そこに唐の水軍の進路として北側と南側と二つ出てきました。

    当時中国から朝鮮半島に渡る海路には二つのルートがあったそうで、どちらも山東半島から出発し、北寄りルート(名前不明)は遼東半島を目指し、朝鮮半島西岸伝いに南下するコース。南ルートは山東半島から直接黄海を横断し、朝鮮半島西岸の真ん中あたりに到達するというもの。こちらは「赤山航路」という名前で出ていました。山東半島の赤山にちなんだ名前と思われます。

    とはいえ赤山航路という名前でググってもこれというものは出なかったんですが、色々たどっていてこんなページを見つけました。PDFファイルですが。

    https://docs.google.com/viewer?
    a=v&q=cache:VjRnleeToskJ:www.xiangyata.net/myh/PDF/004.pdf+%E8%
    B5%A4%E5%B1%B1%E8%88%AA%E8%B7%
    AF&hl=ja&gl=jp&pid=bl&srcid=ADGEESjhoEaAjw7tDg0Z9Be6hEnDOcW8YX6yMKGWgP-
    5a0PyCnpDuCwmlBP6aSX1Y1mzzsRzwblqsKJHRnOuqv7nlxmTdx4i6cDF_1025Mitt
    ewGUpzu0zCpsme4Vcph3OOp1XdhoZF-
    &sig=AHIEtbTN1tkAZZIZ2TGFtLXsfcx0HBOoGQ

    ここでとりあげられている黄海航路が赤山航路@ケベクだと思います。

    あと問題はトンマンがどっちの航路でやってきたかという話ですよね。北ルートをとった場合、最初に三国に入るのは高句麗領である鴨緑江流域らしいので、そうしたらいったん船や乗組員が交代するかもしれないなと。

    なのでmukugeさんが記事で指摘されているとおり船の乗員が「鶏林だ!」て中国語で言ってるということは黄海航路のほう、と考えていいんじゃないかと思うんですが・・・まあ決め手には欠けます。

    それから話は変わって、カターンおじさんは別れる時に馬をトンマンに進呈した・・・んですかねえ・・・いや~気になっちゃって。砂漠を渡る商人にとって、ラクダも馬もかなり大切な財産ですよね。それに馬がないと、おそらくカターンが後で追いつくから!て言って先行させた隊商に追い付けないんじゃ・・・?

    それにトンマンは今すぐ出発する訳ではなく、旅館の経営を誰かに渡したり、働いてる人の引き継ぎをしたり、トンマンの得意分野ぽい財務整理が残ってるんじゃないかと。母親をローマの医者に見せるのが目標だったんですから、貯金も少しはありそうですし、まずは一人旅よりは東への隊商にくっついて行くのが一番現実的で無難かな~とも思うんですが。

    これからのトンマンの長い旅路を考えると馬を持たせてあげたい、いやカターンも男だそこは持たせてやらんとイカンやろ、とは思うんですが、茶葉取引もできなかったカターンおぢちゃんにも生活が・・!などと考えてしまうのでした☆
    りば | URL | 2013/02/26/Tue 23:28 [編集]
    りばさんへ
    やや、待っておりました。お待ちしておりましたよ、一人あの大きな木の下で。もう少しりばさんの登場が遅かったら、王の弟で血筋も良いおぼっちゃまなあの方の元へ嫁ぐところでしたワv
    ってことで、りばさんこんばんはーv
    色々調べてくださってありがとうございます。わかんな~いと放置してしまったところなので、とってもとってもありがたいでーす。

    >ケベクと唐の水軍の北側と南側の進路

    あ、「ケベク」にそんな場面が出てくるんですね。わーい、タイムリーな。ちょうど今「ケベク」見ているところだったんです!いえ、BSフジで放送したものを最初のほうはリアルタイムで見ていたんですけど、途中どうも視聴が苦しくなってしまいまして(百済内の話が面白くな…略)。で気分を変えたところで再チャレンジ、最近録りだめしたものを一気に見始めたところだったんです。
    昨日はウィジャがチュンチュと会談すると装って新羅に密偵行為をしに来、陛下の牡丹の花の絵の逸話が出てきたところまで観ました。え、出ないと思ってたけど、陛下が出てくる雰囲気が。このドラマでは陛下はどんな方がやっているのかしら?美人じゃなきゃ許さん!とドキドキしながら観ていたら、陛下とのご対面がウィジャの夢だったというオチで拍子抜け(笑)
    また、今日はウンゴの下着姿の回でした。ウィジャがひとつひとつ脱がしていってくれたので、とっても勉強になりましたw
    百済の内紛はいいからはよ新羅と戦ってくれと思いながら観てましたが、この先視聴する楽しみができました、ありがとうございますv

    他のドラマでも役に立つことがあるんですね。「海神」観た時に聞いたことあるような地名が論文に載っていたんですが、流し見していたのでよくわからず。ちゃんと観ておくんでした。
    論文も読ませてもらいましたが、地名を調べながらだったのでちょっと手間取りましたが、地図見ながら読んでみると、このルートとても納得できました。

    トンマンの出発地がわからなかったので、まさかソファの上陸した杭州辺りから出発?なんてのも少し思いましたが、それではタクラマカン砂漠からそこまでの道のりが凄く長いものになりますし、う~んと思ってたんです。
    でも山東半島からの出発であれば、たくさんの人が行き交う隋の都を見てみたいという田舎娘の欲求もあったかもしれませんし、たとえ長安経由だとしても移動距離は少なくなりますね。

    そして北寄りルートと南ルート(赤山航路)のどっちをとったかといえば、なんとなくですが、トンマンだったらダイレクトに新羅に入れる赤山航路のほうをとったような気がします。
    中国語を話す船頭さんのこともありますし、また新羅の万弩郡という目的地がはっきり決まっている以上、赤山航路を避けねばならないよっぽどの理由が無い限り、最短距離を狙った気がw

    そしてじゃあソファが赤子トンマンを連れて杭州にやってきたときはどうだったんだろうという話ですが、この論文にある「南の明州から出発する船団は、海岸沿いに北上し、成山角の付近から東に航行するコースもあった」「密州はそこから直接海外に出航できる一方、明州を北上して成山から徒海する非常に重要な中継地でもあったので、その重要性は低く評価すべきではない。」という記述があったので、杭州のすぐそばの今でいうところの寧波である明州から新羅へ、また新羅から明州へ向かう船があったと考えてよさそうですね。
    ソファまでが山東半島経由だったなら、山東半島に上陸したのち陸路を杭州まで南下するのは、乳飲み子をかかえて大変だろうなと思うので。いや、船旅も大変だとは思いますが、それ以上に。

    >カターンおじさんの馬

    りばさんにご指摘いただいて、私、ある思いこみでドラマを観ていたことに気づきました…!
    旅閣の前でカターンおじさん一行と別れを告げたあと、トンマンもその足で旅発ったのかとてっきり思ってたんですよ。財務整理も、トンマンの居住部分は焼けてしまって何も残らなかったのでチルスクから逃げる時に持ちだしたものがすべてて、焼け残った旅閣はそのまま残った人に託したのかと。
    でひとり出発したものの途中のパンダルの丘の上で立ち止まり、いろいろ思いを巡らしながら自分が住んでいた場所を眺めつつ、自分が育った場所を目にやきつけていて。そんな時にカターンおじさんが戻ってきたのかなって思ってたんです。
    ですが、りばさんにそう言われてもう一度DVDを見返してみたら…!トンマン手ぶら!リュックがない(爆)
    いや~、まったく気づいていませんでした。
    そっか、一度旅閣に戻って、整理をしてそのあと出発したんですね。

    >茶葉取引もできなかったカターンおぢちゃんにも生活が・・!

    思いこみ、その2。あ、トンマンの機転で無罪釈放になりましたが、茶葉の交易が許されたわけではないんですよね、そういえば!
    カターンおじさんをはじめ商人の皆さんがあまりにも喜んで打ち上げしてるから、なんとなくすべてまるく治まって万々歳な気分になっておりました。
    そうすると、希望的観測で馬あげてくれたよね?と強奪気味に願ってしまいましたが、やはり無茶ですかね(笑) 男ものの帽子をひとつくれたというところで、よしとせねばならんですね。
    でもそうなると私のわらしべトンマン妄想が…では、トンマンのラクダが奇跡の生還を果たし、ラクダと共に旅立ちますが、旅の途中歩くのも大変な御老人ラクダを譲ってあげた。そのお礼に御老人の家に代々伝わる壷を・・・ってしつこい(爆)

    で、ある理由があってカターンおじさんソファにほの字説をおしますとりばさんが前におっしゃってたと思うんですが、gyao!の視聴をすすめていてはっと気づきました。もしかして郎徒トンマンがチョンミョンに見せたカターンおじさんが作ったというあれでしょうか?そんなエピソードがあったってこと、記事書いている時にはすっぽり頭から抜けていました。己の抜けっぷりがコワイ…!
    mukuge(むくげ) | URL | 2013/02/27/Wed 23:20 [編集]
    しつこくリターン失礼いたします。
    前回のカキコで書き忘れました!戴いたアドバイスを参考に、瞻星台記事を書き直させていただきました。mukugeさん、有難うございました~!そしてユーウツな日曜の晩に、しつこく長くピダムのごとく(何がだ)、三たび今晩は~。

    〉〉王の弟で血筋も良いおぼっちゃまなあの方の元へ嫁ぐところでしたワv

    それじゃ私がもし遅刻してたら、mukuge宮主は今頃、その坊ちゃんがいじけると「私はあなたがいなきゃダメな女」てしなだれかかって陰では超真顔、とかやってたはずなんですね、おおコワww

    〉〉ちょうど今「ケベク」見ているところだったんです!

    な~んだ、遅おそ視聴してたのは私だけじゃなかったんですね!もうちょっと待ってればmukugeさんが赤山航路の回を見て自ら乗り出していらしたでしょうに、フライングです。

    そして分かります分かりますぞmukugeさん。私もケベク、結局最後まで見ましたが、途中から一体何故見続けているのか自分でも分からなくなる程でした。チラ見せ新羅の描き方とか、後は女性の髪形とかアクセとか、その位しか楽しみがなかったです。ウンゴが正妃になる時の衣裳は見応えありましたよ~vただ直前に結構マヌケな事になっちまいましたが。

    〉〉陛下が出てくる雰囲気が。

    アレですね!(笑)BS放映当時あきさんが話題にされてて、私も慌ててその話を見、そして爆笑しました。ウィジャママンと同じ女優さんかよ!!と。結局ウィジャのマザコンオチ、しかも夢オチというWオチでずっこけました。

    でもあの一件で悟りました。もうちょっとで会う所まできといて結局会わずじまい、善徳女王のキャストも用意しないって事は、これからも出す気ねえなこりゃ、と。

    おお、「ウンゴの下着姿の回」ってそれはウィジャとの婚儀の回ですね!結婚式より下着だ下着って訳ですね!(爆笑)でも私も同じく「こ、こ~なっているのか!」てものすごく喰いついたので同志です。ついでにウンゴ、グラマーですなとか思ってました。

    しかし正妃ではないとはいえ婚儀の晩に顔も隠さず堂々と馬に乗って城の外へ出るって後々問題にならんのかと驚きました。そしててっきり、訪ねたケベクと一夜を過ごし、王子は一体どちらの子やらって展開になると思いきや、どうも清い一夜だったようで。しかも泣いてるしケベク・・・泣きたいのはウンゴの方だっつーの。ダメだこいつ・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ ともう主人公は本当にどうでもよくなりましたw

    海神!チャン・ボゴですね!私は見た事ないんですが、航路の事調べてたら円仁の「入唐求法巡礼行記」もヒットしまして。日本人僧侶・円仁が唐に渡り帰ってくるまでの記録だそうですが、当時チャン・ボゴが赤山浦一体を支配下においてたとか、また山東半島にたどり着いた時も、唐に入ってからも新羅人に助けられたという記述がたくさん出てきました。なので「海神」にも航路とか新羅から唐への人や物の往来の話などが出てきてるんじゃないでしょうか。

    〉〉赤山航路を避けねばならないよっぽどの理由が無い限り、最短距離を狙った気がw

    私も二つの航路の条件が同じなら、トンマンは赤山航路を取ると思います。ただ、航路そのものの知識がないもので、内海だからあまり影響はないんじゃ?と思いつつ季節や風向きによって船の本数が違うかもとか、需要に差があるかもとか、トンマン的には船賃はどっちが安いかも外せないとか、条件によってどちらを選ぶか変わってくるんじゃないかと。

    そこまで考えてたらキリないと思いつつも赤山航路決定!!の確信が持てませんで
    。でも早く鶏林へ行きたいというトンマンの気持ちのままに、きっと黄海をつっきった事だろうと私も思いますv

    〉〉チルスクから逃げる時に持ちだしたものがすべてて、焼け残った旅閣はそのまま残った人に託したのかと。

    旅館を後にした時って、ソファがすさまじい形相で逃げなければと取り乱すので、とにかくソファを落ち着かせる為にもトンマンも駱駝を連れて、とりあえず出かけたが・・・という印象を受けまして。

    トンマンは郎徒時代の例からみても、小金を壺に貯めてどっかに埋めてる気がします。なのでソファをなくして知り合いの商人のおじさん達を見送った後、おもむろにコッソリと掘り出すのではないかと勝手に想像しております。

    や、私もカターンが馬をくれたらトンマン楽できるよな~と心から思います!でもトンマンが太守に言ってた「商人達はここへ一年かけてやってくる。取引が出来なかったら二年が水の泡、路頭に迷ってしまう」ってのが頭にひっかかってまして。

    カターンだってやせても商人、別の場所で商売って手もあるとは思いますし、それ位できなきゃ商売人としてやってけないだろうとも思うんですが。てか、なぜに私はカターンの身の上をこんなに心配してるんでしょうw

    〉〉カターンおじさんソファにほの字説をおす、ある理由

    フッ・・・バレちまっちゃあしょうがねえ・・・mukugeさんの推測大当たりです・・・!でもmukugeさんが気付かなくても当然ですよ。砂漠時代当時の事は、郎徒時代になっても少しずつ小出しにしてくるんで、それを全部拾い集めないと「あの時何があったか」の全体像が描けないんですよね~。私もDVDで郎徒時代を見なおしててやっと思い出しましたもん。

    しかしアレって、ソファ本人に贈るつもりだったんでしょうかね。それともトンマンにあげるつもりでちまちま作ってたんでしょうか。考えれば考えるほど、カターン→ソファって何だったのか分からなくなります(笑)
    りば | URL | 2013/03/03/Sun 22:19 [編集]
    りばさんへ
    チニョンさんの涙の芝居にもらい泣きをしてたら・・・最後の一番いい場面で画面が真っ暗になりました。どこかの司量部令の陰謀に違いない。

    で、リターンおじさん、じゃなくってりばさんこんばんはーv
    何度も来て下さって、嬉しいです。ありがとうございまーす。
    もうたとえ戦が終わるまで来てくれなくとも、誰の胸にもしなだれることなく、足洗われることもせずに、操を守ります!

    そしてアドバイスなどととんでもなく、クイズ気分で勝手に答え探しさせてもらって楽しませてもらっただけなんですが、でもりばさんの記事に参加させてもらえて嬉しいです。こちらこそ採用ありがとうございます(笑)

    〉色々残念な「ケベク」

    いや、たぶんりばさんに教えてもらわないで見ていたら、全く善徳と関連づけないで流して見ていて、せっかくの航路情報にも気づかなかったと思います。なんせ、新聞とか本とか読みながら見てるくらいなんで(えーっ!)。
    このドラマに関しては私自身は撮影隊に遭遇したドラマですし、「善徳女王」とほぼ同時期の話なので期待が大きかったんですが、その反動なのでしょうか?挫折休みをしたあとはもう義務をこなすかのような感じで・・・。

    ケベクの凄さが全く伝わってこないのが残念なんですよね。どんな王であろうと王に一言も相談せず、他国の代表に同盟を打診するなんていう臣下として全くありえないことをしているのに、城を40あまり落としたとか言葉だけでその将軍の功績を言われてもなーってな感じで。全く尊敬できないし。カットバンバン版だからダメなのでしょうか?ウィジャも救いどころがないですし。
    滅びゆく国、百済最後の大将軍ってことで、黄山伐の戦いとか泣かせドコロもたくさんあるでしょうし、素材的には凄くいいと思うんですけどね。料理の仕方が…。う~ん、色々もったいないです。

    >衣装、アクセサリー

    ウンゴが正妃になる時の衣装見ました!陛下の寝着?と一瞬思うような白い衣装でしたが、よくみたら衣の模様が金糸でハートでかわいかったですね。
    そういえば、トンマンが公主時代にピダムに花を貰ってた時につけていた、蝶々に淡いオレンジっぽい石が下についていた耳飾りですが、ウンゴが同じものの石が青色のバージョンをつけていました!トンマンのはかわいらしい雰囲気でしたが、ウンゴのはちょっとキャラにあわせてかクールな色使いで。
    「善徳」では陛下の寝所とかも黄色い蝋燭でしたが、「ケベク」のろうそくはウンゴの耳飾りの石のように真っ青な色で。全体的になんつーか、毒々しいっていうか(^^;)

    >ウィジャのマザコンオチ

    あきさんも記事にされていたんですねー。私いつもまだ視聴してないドラマの記事はさらさらーと読ませてもらって、見終わってから舞い戻ってじっくり読ませていただくパターンが多いんですよ。あとであきさんとこも行ってみますが、りばさんの“こんな女に誰がした?byウンゴ”も楽しみにとってあります、実はw
    そしてそのシーンですが、がっかりしたものの、よく考えたらウィジャママンで良かったです。だって、陛下の寝所に入り、陛下の寝着姿を見るなど布越しでも許せません…!

    >「海神」と円仁の「入唐求法巡礼行記」

    これも「ケベク」に負けず、へっ!?って感じなドラマだったんですが、もう一度機会があったら、航路のことや、統一後の新羅の王室のとこだけかいつまんで見返してみたいですね。
    そして円仁の「入唐求法巡礼行記」なんですが、地元図書館にあるようなので、今予約をポチっとしてみました。えへ、情報ありがとうございますv

    >トンマンの小金壺

    あ!ありえますね。郎徒時代のソヨプ刀とかもそうですし、ミシルの勅書も復耶会の砦の木の下に埋めてましたもんね。犬はピダムだけだとばかり思ってましたが、トンマンも犬っぽいのかもしれませんw

    >カターンおじさんソファにほの字説をおす、ある理由

    やった~当たった~♪
    あのソファの絵って、書いてあるだけじゃなくって、デコってて、手かけてますよね。ただヒマだったから作ってみました、というものではないですよねやっぱw トンマンが持っていたということは、トンマンが貰ったものなんでしょうか?
    でもチルスクがミシルに渡したソファの残したものに、ソファの身分証と、トンマンの産着と、ローマの英雄のことが書かれたトンマンの本がありました。これって、砂嵐に埋もれたソファがも持っていたものですよね?そう考えると、ソファとトンマンの持ち物が混ざっちゃって、ソファの持ち物をトンマンが、トンマンの持ち物をソファが持っていったということもありえるのかなー?とか、着地点がないのにぐるぐる考えてしまいましたw
    mukuge(むくげ) | URL | 2013/03/05/Tue 00:01 [編集]
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