ドラマ「善徳女王」のファンブログです

    太宗武烈王陵のおもしろ同居人
    〈2012年5月の慶州旅行の記事です〉

    前回の続きで、太宗武烈王陵敷地内のおもしろ同居人の話です。
    武烈王陵の奥の方、少し小高くなっている部分に、それはあります。

    西岳里古墳群 正面

    またまた、古墳です(笑)
    西岳里古墳群

    どこが太宗武烈王陵の面白同居人だ?ただの古墳で面白くもなんともないじゃないか!、とお思いだと思います。
    ですが、この古墳。↑の方向からみるとひとつの古墳ですが、ちょっと角度を変えてみると・・・

    西岳里古墳群

    あら、4つv

    とても綺麗に一直線上に並んでいます。高さは違いますが、下にある太宗武烈王陵を入れると5基が一直線上に並んでいます。
    この西岳里古墳群の被葬者はわかっていませんが、武烈王陵の近くにあるためそれに近い王または王族の墓と推定されています。また武烈王陵より高い位置になるので、武烈王より前の代の先祖の墓である可能性もあり、死後に文興葛文王と追尊された武烈王の父である金龍春の墓がこのうちのひとつなんていう説もあるようです。

    奥から順番に1~4号墳と名付けられています。全体的にみてもそれぞれ大きめの古墳ですが、これらの大きさを周囲の長さで比べてみると、1号墳は160m、2号墳が186m、3号墳が122m、4号墳が110mと、2号墳が一番大きなものになっています。

    慶州のまち

    4基並んでいるあたりから見下ろした、慶州のまちです。
    この太宗武烈王陵を含む西岳里古墳群は、仙桃山の南側の丘陵に位置しています。
    大陵苑など平地の慶州市の中心部にある古墳は主に積石木槨墳なのに対し、このように丘陵地に作られている古墳は大抵のものが丘陵を生かして作った石室墳であると考えられています。

    太宗武烈王陵の門を出まして、道路の向かい側にも古墳があります。

    金仁問・金陽の墓

    この場所も西岳里古墳群のうちに入りまして、こちらは武烈王の息子である金仁問と9世孫の金陽の墓と伝えられます。
    金仁問といえば、お向かいの武烈王陵の碑首に「太宗武烈大王之碑」と書いた人ですね。
    こちらにものっしりした亀さんがいたようなんですが、残念ながら予定が押していたので近くまでは足を延ばさず、道路の反対側から拝んだだけにとどめました。

    そして、その帰り道。急ぐ中、自転車をちょっと止めてみたりする。

    真興王陵と真智王陵 方面

    たぶん左手の低い山のどこかあたりに真興王陵と真智王陵と伝えられる場所があると思うのですが、
    「おじいちゃーん、子孫たちが三国統一をしましたよー」
    「子種(ピダム)を残してくれてどうもありがとうー!」
    と拝んでみました。ええ、完全にドラマ主体の発想ですw

    ※画像を選択いただくと拡大して見れるようになってます

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