ドラマ「善徳女王」のファンブログです

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    「善徳女王」を勝手に地図にしてみよう 母山城の戦い
    はっ、と気づけば前回に書いてから半年経っているこの地図企画。亀並みにゆるい歩みを進めてますが、その間に緋翠さんがトンマンが鶏林へやってきた道のりの緋翠案をご自身のブログで聞かせてくださいました。
    mukugeさんに続け!~鶏林への道。@新羅時代の交易路
    もう目からウロコの緋翠案です。みなさんからいろいろ考えを聞かせてもらって、おかげでトンマンが苦労して鶏林へやってきた様子がさらにいろいろ想像できて楽しいですし、なんかワクワクしますね。ワクワクしすぎて眠れないんで、誰か胸トントンしてください(笑)

    さて、トンマンが鶏林へやってくる少し前に、鶏林では後継問題が発生しておりました。
    真平王の3人の王子は早世してしまっているため、チョンミョンの夫であるヨンス公を太子にすると真平王は宣言しますが、ヨンス公の父の真智王が廃位されたため聖骨から真骨に格下げになっており、真骨でもなく功績もない王では花郎は従えないと花郎達も反発します。
    そのためヨンス公は和白会議の席で、太子となる資格を得るために「出陣し母山城奪還作戦の先鋒になります」と宣言してしまいました。
    その母山城はどこにある?というのが今日のお題です。

    DVDの用語解説付き字幕と、封入されているブックレットの用語集には母山城:忠清北道の大母山城とあります。
    大母山城址は現在も城壁址が残っており、鎮川郡鎮川邑聖石里にあります。
    『三国史記 新羅本紀』によると「616年冬10月 百済が母山城に攻めて来た。」とあり、その後新羅は百済と椵岑城・母山城付近で激しく戦って幾つもの城を失い、また城主が戦死するなど敗戦が続きました。おそらくそういう史実をもとに脚色したドラマ中の母山城奪還作戦です。

    5話 作戦会議
    兵部令のソルォン公を中心とする軍事作戦会議です。

    敵の百済軍は2万
    プヨ・ジャンが率いる大軍が母山県を基点に三山まで進軍を
    道実郡で百済の援軍が合流するでしょう
    敵の士気は高い
    先発部隊は乙尾峠の制圧をお願いします
    左右にいる潜伏兵との激戦になるでしょう
    後発部隊は母山城の北門を攻撃し奪還します

    ここで出てくる「三山」「道実郡」「乙尾峠」という地名もまた、用語集に載っていました。
    三山:日山・呉山・浮山の余餘三山を指す
    道実:現在の全羅北道淳昌郡
    乙尾峠 速含城と母山城の間にある峠

    余餘三山のうち、日山はわからないのですが、呉山と浮山は現在の扶余に比定地があるらしいので、これをもとに、大まかな地図を作ってみました。
    母山城の戦い地図 1
    この地図を見ながらソルォンさんの作戦を考えてみましたが、百済は王が親征をしていて三山まで進軍し、さらに道実郡で百済の援軍が合流するとのことですが、その百済王の軍が進軍しようとしているのは、この地図から言うと速含城なのでしょうか。
    それにしても余餘三山ですが、百済の王宮から目と鼻の先なので、そこまで進軍っていう距離でもないですし、「母山県を基点に三山まで進軍を」っていう部分のつじつまが合わない気もします。

    そこでソルォンさんが作戦会議に使っていたジオラマです。
    5話 母山城奪還作戦ジオラマ 1
    もう一度映像を見返してみると、あれ?ソルォンさん、「三山まで進軍を」と言いながら駒をジオラマの「三年山城」のところへ移動させています。
    三年山城といえば、忠清北道報恩の昔の呼称で三山とも言いますが、もしかしてこの作戦中の三山はこの三年山城のことを指しているのではないでしょうか。
    地図にするとこんな感じです。
    母山城の戦い地図 2
    これだと百済王プヨ・ジャンの大軍が三山まで進軍し、道実郡で援軍と合流し、速含城を拠点に新羅の国境を犯そうとする道筋ならばイメージすることはできます。
    ただどちらにしても、ジオラマと地図にあてはめてみた道実郡とそれぞれの城の位置関係が合致しないのですっきりしません。

    しかもこのジオラマ…!
    5話 母山城奪還作戦ジオラマ 2
    文字が見える範囲で地名を書き入れてみました。
    『三国史記 雑誌』の地理の項目を参考にすると、その地名は以下の現在地に比定されています。
    北漢山州:ソウル
    大伽耶:慶尚北道高霊郡
    茂山県:全羅北道茂朱郡茂豊面
    南川停:京畿道利川市
    冠文県:慶尚北道聞慶市

    ・・・いくら当時に正確な地図がなかろうとも(ムンノの三韓地勢も書き上げられてなかったですし)、位置関係がバラバラすぎやしないでしょうか。
    私が文字を読み違えているのか、同名で別の地の地名があったのか…。う~ん、う~ん…すっきりしないまま次回に続きますw
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    ジオラマに笑ったのを思い出しました
    mukuge さん、こんばんは!

    私はこの場面を見たとき、ジオラマに笑ってしまいました。
    一体、こんなものをいつ作ったのか?
    戦地に運んでいたときもありましたよね(確か)。

    善徳は、結構ジオラマが出てきたと記憶しています。
    それで、こんなものが作れるほど情報があるなら、「三韓地勢」は必要ないのでは、
    という素朴な疑問が.あったのですが...。

    でも、そうですか、合わないんですか。
    そんな不確かなジオラマをもとに新羅軍は戦っていたのですか。

    ムンノの決意の理由がわかりました(笑)。
    midorin | URL | 2013/09/05/Thu 23:35 [編集]
    midorinさんへ
    midorinさん、こんばんはーv
    そうそう、このジオラマ山あり谷ありでなかなか凝ってますよね。しかも、戦場に持っていっているときには布張りのテーブルの中に組み込んでる豪華バージョンもあったりしますが、あれ持って行くだけで大変だと思います(笑)
    そしてそうなんですよ、合わないんですよねぇ。地図をさかさまにしたり、横にしたりしていろいろ考えてみてるんですけどねー。
    でも新羅軍のものがそうなら、たぶん百済軍のものも同レベルではないかと思うので、ある意味同等に戦えるのかもw
    やはりムンノの「三韓地勢」のおかげで新羅は三韓一統ができたようですねv
    mukuge(むくげ) | URL | 2013/09/06/Fri 21:04 [編集]
    懐かしの地図記事…(*´∇`*)
    mukugeさん、こんにちは~♪
    mukugeさんの地図記事の大ファン緋翠です(*´艸`)ポッ

    今回のテーマの母山城、真面目に考えたことがなかったので(コラッ)、この記事を読んでから改めてドラマを見返しました!水の映像がめちゃめちゃ綺麗ですよね、この戦いv
    そして肝心の母山城なのですが、私の手持ちの地図(『三国史記』の付録地図のコピー)だと、速含城と道実郡の真ん中にあるんですよw 現代の雲峰辺りに。
    そうすると、西から

    道実郡→阿莫城(現代の南原)→母山城→速含城(現代の咸陽)

    となるので、道実郡に百済軍が集結するのはおかしくない…ですね。
    また、母山城がこの位置だったら、トンマンの初陣が阿莫城に関わるものだったのが内容的に繋がるんでないかなと!(・∀・)

    ただ、mukugeさんたちも突っ込まずにいられないソルォンさんのジオラマにある北漢山って、私の地図だと党項城の北にあるんですよ!(爆) 三年山城があるのも娘臂城の南東ですし…w。
    茂山の位置を見ても、もしかしたらこのジオラマって、かなりバカデカい地域を大雑把に取り入れてるんじゃないか…という気がしてきました(ノ∀`) 他にも、地図とにらめっこした結果、もしかしたらソルォンさんの言う「三山」って、「完山」の間違いなんじゃ…?という気もしてきましたし。

    私も、ムンノの作った三韓地勢のおかげで三韓一統出来たのだと思います(笑)
    mukugeさん、ムンノに負けない熱意でいつも地図を作ってくださりありがとうございます~v(*´∀`*)v
    緋翠 | URL | 2013/09/07/Sat 16:25 [編集]
    緋翠さんへ
    緋翠さん、こんばんはーv
    昨日緋翠さんにコメントもらってるのに気づかずちょうど同じ頃、緋翠さんところで拍手コメント投稿エラーではじかれまくりながら格闘してたんですが、ニアミスしてたんですねw

    そうなんですよね!「三国史記」では百済本紀を読むと、阿莫山城(またの名を母山城)とあって、母山城は南原にあるってことになってるんですよね。
    今阿莫城のほうの地図を作ってる最中なんですけど、それだと緋翠さんのおっしゃるとおり道実郡から阿莫城(母山城)、速含城への道筋はビンゴ!ってなるんですけど、それにジオラマをあてはめると、う~んと考え込んじゃっております。
    まずは普通にドラマを見ていて出てくる情報を優先したいのでそれをもとに地図を作ってみたんですが、一筋縄ではいかないですね(´Д`;)
    ちなみに公式ノベライズは母山城を忠清北道鎮川、三山は忠清北道報恩と注釈があります。公式DVDが三山が余餘三山となっていて、どちらも公式と銘打っているのに統一性がないっていうのもどういうこっちゃと思います(笑)

    ジオラマはまだまだつっこみどころがあって、はっきりと見えなくて自信がなくて書かなかったんですけど、大伽耶の隣は金官郡って見えるんですよね。金官郡といえば元金官伽耶のあった金海のあたりじゃ…ってことでもう位置ぐちゃぐちゃで大雑把にもほどがあるっていうw
    でもソルォンさんの間違いにしちゃうと兵部令の面目まるつぶれなので、どこかうまい落としどころを見つけたいところなんですが…「完山」が当時「三山」とも言ったとか、最悪地殻変動が起きてその後地理が変わったとか、もうそういうことにしちゃいたくなります(笑)
    うふふ、いつも地図記事にのっかってくれてありがとうございまーす♪
    mukuge(むくげ) | URL | 2013/09/08/Sun 20:11 [編集]
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