ドラマ「善徳女王」のファンブログです

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    符仁寺~善徳女王崇慕齋 その7
    なかなかレポが終わらない善徳女王崇慕齋(笑)、続きましては桐華寺住職ヌンド徳門僧侶による法話です。
    法話
    符仁寺は同じ八公山にある桐華寺の系列であるので、桐華寺の住職様がVIPゲストとして来ており、お話をしていただきました。
    ありがたーいお話をしていただいた、と思うんですが、例に違わずリアルタイムでは内容までわからず。
    しかしパンフレットに挨拶文が載っていたので、当日同じお話をしていたかどうかはわかりませんが、心を打った部分を抜粋します。

    ***

    善徳女王は我が国最初の女王でその知恵は聡明で難しい政局を賢明に乗り越え、人柄が慈しみ深く民を兄弟姉妹と同じ人とし人材を大切にし、その徳化は四方にあまねき民が平安で国は治まっていました。また持国仏心で符仁寺を創建して、皇龍寺九重木塔を創建し仏教浄土を夢見て三国統一の基盤を磨きました。

    今日私達がこの符仁寺で崇慕齋をあげることは三国統一を願い民たちの安寧を切願した善徳女王の知恵と精神を見習うためです。私達すべての子孫たちは善徳女王の知恵と慈悲心を鑑にして明るい知恵で難しい難局を切り抜け、隣人を私の身体と同じようにいたわり皆が幸福な社会を作り出すことに一緒に努力しなければいけないことです。今年は朝鮮半島が分断されて以来70周年になりました。今日‘符仁寺善徳女王崇慕齋’を通じて南北統一の礎が整いこの時代難しい難局を乗り越え出ることができるきっかけにあることを心から願います。

    そして崇慕齋行事は大切な伝統文化を継承して、女性の社会的意識を高めながら、国民精神を高揚し同根意義を持ち重要な行事であるほど伝統と文化の都市である大邱広域市の市長をはじめ関係者のみなさんに崇慕齋が地域を代表する文化行事に定着できるように持続的である関心と支援をよろしくお願いいたします。

    ***

    南北統一の願いと三国統一の願い。別々にわかれた同じ民族の国をひとつにしたいという思いは、今も昔も変わらないんですね。それを成し遂げる礎を築いた善徳女王の仁智徳を讃え私たちも見習うための大切な伝統行事なんですね。

    続きまして、来賓のみなさんによる祝辞です。
    2名ほどご挨拶しておりましたが、そのうちとても盛り上がったがこの方です。

    崇慕齋の一番最初に司会より来賓のご紹介があったんですが、そのときもこの方が紹介されると観客が盛り上がっていまして、更にこの挨拶の場に立つとやんややんや喝采をあびておりました。どなたかしら?と思っていたら、モニターに国会議員という肩書きが書いているのが見えました。
    地元出身の議員さんなんでしょうか?みなさんの盛り上がりが、おらが町の大先生!みたいなノリで、皆さんの盛り上がりが凄かったです(笑)
    結構笑いをとる軽快なしゃべりで観客の心をぐっとつかんでおりました。

    続きまして、符仁寺住職チョンジン僧侶による挨拶です。

    こちらもパンフレットより一部抜粋します。

    ***

    符仁寺は善徳女王と縁を結んでから100年余り、その中より仏様と違いなき格を整え、祀ってから今年で29年です。仏様の住まいである‘殿’をつけ祟慕殿と名付け、王の御真を伽藍に祀ったものは我が国寺院には私ども符仁寺を除外してその類例はありません。この八公山新武洞村人たちは700年余りを守ってきた符仁寺でまた29年を守り、このような歴史文化的‘一大事’を誇らしく考えてきました。

    王即仏時代に生まれた経典の貴重な名前である徳曼をかけて善徳の名前を備えた王につき、知幾三事で世の中を予見してみ、統一の希望を用意し、救恤にすべての民を懐に入れる善徳女王の生涯は私達に大きく光を与えています。

    今符仁寺で善徳女王を祀る心はすでに‘習’ができあがっていました。
    ‘しばらくの繰り返された考えか、その考えに基づく仕事’とは事前的の意味もあるが、肯定的な意味で‘習’と言う、自身の心中に形成されている価値観だと思います。これが間違って積もるなら、ストレスになり、我執ができあがり‘習’と言うよく否定的意味を持つこととなります。
    それは仏様に学ぶことのできる最も大きな価値である‘大自由’を損なうことです。‘習’を守る‘我執’に自由な人になることはまさに私達が善徳女王に学ぶことができる‘価値観’になりました。

    ある詩人が名前がわからない草花を置いて、‘名前は知ってみると隣人になって色彩を知ってみると友達になった…よく見ると綺麗だ。長らく見ると愛らしい’と歌いました。符仁寺は私達の久しい歴史の中で名前はおぼろげな草花のように過ぎました。今この疾駆のように、私達は今日も‘ 善徳女王崇慕齋’を長い間見守り、皆さんに愛をお受けます。

    ***

    うーん、難しい(>_<) 私の訳が怪しいせいもありますが、なにせ韓国の仏教がよくわからないのでさらに難しさにも輪がかかります。
    ともあれ、仏像と同じように陛下の御真を祀るということは陛下が神格化されているとも受け取れますが、それは善徳女王が仏様にも似た慈悲の心で民を救恤し国を統治したからこそと言えるのでしょうね。

    *その8へつづく*
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