ドラマ「善徳女王」のファンブログです

    トンマンのご先祖様!? 大陵苑 前編 【訂正あり】
    朝7時半…年を取ると朝が早いってことですね(爆)
    とりあえずガイドブックを見て、開館時間7時半~と書いてあったこちらへ。
    大 陵 苑
    大陵苑
    古墳公園みたくなっている場所ですが、朝7時半開場と書いてあるわりにはチケットブースは閉まっています。あれ?
    でも開いている扉から入っていく人がひとり、ふたりといたので、ついていってみる(笑)

    ちなみに入口に立っているゆるそうなキャラクターの男女は、慶州市の観光キャラクターです。形を変えてあちこちに。空港からの高速バスが慶州インターチェンジを降りる時にも、もっと巨大なこのキャラクターが立っていてwelcomと出迎えてくれました。
    慶州市のHPによると、新羅時代の歴史的な意味と文化的な優秀さを象徴する王と王妃をキャラクターの素材としたそうです。金冠かぶってるところがわかりやすい。

    慶州市キャラクター
    まぁ、女王と上大等にしてくれたらもっと萌えたけどもねw

    門の中に入ると松林が広がり少し暗い雰囲気。左側の道なりに歩いて行くと、早速古墳がひとつ見えました。
    味鄒王陵
    味 鄒 王 陵
    王の墓とはっきりわかっているからか、ちゃんと塀で囲われて門まであります。
    立っていた説明書きを参考にすると(ハングル、英語の他に親切に日本語までありました♪)、
    味鄒王は新羅第13代の王(在位262~284)で、金氏の始祖・金閼智の後裔で、新羅の王統を継ぐ三姓(朴氏・昔氏・金氏)の中の金氏最初の王ということで。
    ならばトンマンのご先祖様?とも思ったのですが、新羅王室の系図を見ると同じ金氏ではあるけれども、この味鄒王の直系というわけではないようなので先祖といえるかはアレですが、まぁ新羅の先代の王ということにはかわりなく。
    しっかり拝んでおきました。門の外から。

    さらに道なりに進んで行くと、ぼっこぼっこ古墳が見えてきますが、その中での次の目的地はこちら。
    天馬塚
    天 馬 塚
    5世紀末~6世紀初頭につくられた王陵で、被葬者は第21代の炤知王(在位479~500)または第22代の智証王(在位500~514)と推定されているそうです。もし智証王であれば、父方で辿ればトンマンのおじいちゃんのおじいちゃんのお父さんになりますね。【2012.05.27.追記】

    天馬を描いた馬の泥よけが出土したことからその名前がついたこの天馬塚は、中が展示館になっていて入れるようになっています。
    内部は写真撮影が禁止だったので写真は撮りませんでしたが、内部に入って突き当たりの壁は古墳の断面がわかるようになっています。
    この時代の新羅の古墳は、木で箱型の四角い部屋を作ってその中に棺や副葬品の入った箱などを安置し、そしてその木の部屋の上にいくつもの石を盛り、さらに土で覆っていたという仕組みがよくわかります。
    そしてその他の壁際には出土品のレプリカが飾られています。それらの本物は国立慶州博物館に展示されていました。

    以下、出土品をご紹介。
    ●天馬図障泥 国宝第207号
    慶州博物館図録 天馬図
    天馬塚の名前の由来になったものですが、現在は損傷が激しくて博物館の方にも展示されていないそうです。国立慶州博物館の図録を買ってきたので、その中から画像を拝借。
    障泥(あおり)とは、馬の両腹に泥よけとして下げるもので、この天馬塚で出土した障泥は薄い白樺の皮を何枚も重ね斜め格子状に縫い合わせてあるそうです。そう言われてみれば、良く見るとパッチワーク生地のように見えなくもないかも。そうして繋げた皮の上に、白馬が飛んでいる姿が描かれています。

    ●天馬塚金帽 国宝第189号
    天馬塚金帽
    本来は白樺の皮で作られた中心部に絹をかぶせた山形の帽子があって、その上に装飾金板をかぶせるものですが、中の帽子部分が腐敗して無くなり、このように金板を組み合わせた部分のみが帽子形に残っているそうです。そしてこの上に金冠をかぶるんですね。
    この純金の細工が凄いですね。細かい部分までたがねを打ち込んで模様を作っているのがわかります。(PCからご覧いただいている方は、画像をクリックしていただくと大きく表示されるようにしてあります。)
    その豪華さからも、最上級の身分の人が埋葬されているということが推測できるそうです。

    ●天馬塚金冠 国宝第188号 ?
    天馬塚金冠
    私の写真の撮り方が悪いのか…確かに他の金冠とは違ってスポットライト等は当たらず普通に展示してあったんですが。
    金キラきんというわけではないですが、天馬塚から出土した金冠(たぶん…)。
    「出」みたいな形の部分が4段になっているデザインなので、天馬塚出土の金冠だと思うのですが(たぶん…)。
    勾玉も取り払った状態なんですが、天馬塚出土の金冠…(たぶん…)。
    この天馬塚の金冠はサイズも新羅金冠の中では最大のものだそうです。まぁあまりにも金ピカなものよりも、約1500年前のものですからこのほうが出土品としてはリアルっちゃあリアルなんですが…うむむ。

    ぜひに金冠の写真を!とミッションくださったmidorin様ありがとうございました。が、第一弾はちと地味目でしたね(汗)
    あまりの地味さ加減に、買ってきた慶州博物館の図録の写真を。
    慶州博物館図録 天馬塚金冠
    同じものとは思えない輝きなんですが、自信がなくなってきました。上の写真が本当に天馬塚の金冠なのか、いますぐ確かめに飛んでいきたいです(滝汗)

    【大幅訂正します 2012.07.23.】
    皆さんうすうすお感じだったとは思いますが、やっぱり上のひん曲がっている冠を国宝とするには無理がありました(爆)あー、「やっぱりね」という声が聞こえてきそうだ(^^;
    げんさんがお読みになった『ユーラシアの風新羅へ』という本にこれと似たような伝慶尚北道出土の金銅冠が載っているそうです。(情報ありがとうございます!)
    自分的には金銅冠の写真は撮った覚えがなかったんですが、最初記事にする時に一応金銅冠も調べたんです。でも出の部分が3段のものばかりで違うなぁと思いまして。でもそういえば慶州市内出土のものしか調べてなかったかもで、地方のものまでは考えていませんでした(^^;
    あらためて調べてみたところ今更ですが慶州博物館所蔵ということでこのような出の部分が4段になっている金銅冠の画像が出てきました。上の写真とは違って欠落している部分がありましたが、補修して展示していたのかもしれません。
    ということで、これは金銅冠可能性大です。
    不確かな記載をしましたことをお詫びするとともに、金銅製の可能性がありと訂正させていただきます。
    りばさんが前にこの冠元気がなく、じょうろで水を注いだら少しはシャキッとするのでは?とまた面白いことをおしゃってたんですが、どうやらこの樹木型の冠にいくら水や肥料をあげても金冠のようにはしゃっきりしないようですーー(笑)

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    御礼
    mukuge 様

    「金のお宝」の写真、ありがとうございました!
    どうも、他の方々のミッションを拝読していますと、「善徳女王」または「ドラマ善徳女王」関連のものばかりで、「金、金!」と、わめいていたのは私だけだったようで(笑)。
    任務遂行ありがとうございました。
    今週は「空の金冠(環)」も拝めたし、楽しい週でした。
    midorin | URL | 2012/05/25/Fri 20:20 [編集]
    midorin様へ
    midorin様、こんにちはーv お返事遅くなってすみません。
    いえいえ、金のお宝は立派な「善徳女王」関連物ですから大丈夫ですよー。
    だって、陛下が即位式でかぶってなかったら私もキラキラしてるなー位で終わってたかもしれませんもの(笑)

    midorin様が以前記事にしていた『ローマ文化王国―新羅』ですが、前に私も読んだことはあったんですが実はその時あまり頭に入ってこなくて…(吸水性の悪い私の頭w)
    でも今回自分で行ってみて、ようやく本に書いてあることが現実的にわかるようになりました。新羅の古墳は盗掘されていないというのもよくわかりました。
    金冠の写真はあやふやなまま載せて申し訳ないのですが、もうひとつ金冠塚の方の金冠もありましたので、また改めて金冠にふれたいと思いますv
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/05/27/Sun 14:43 [編集]
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