ドラマ「善徳女王」のファンブログです

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    トンマンのご先祖様!? 大陵苑 後編
    前回の天馬塚を出て左手を見ると、このようなふたつ繋がったような形の古墳が見えます。
    皇南大塚
    その前には池があったりして、まさに緑のたくさんある公園といった感じです。
    開いた門から入っていっていた地元の人達は、ここで朝のジョギングを行っていました。
    う~ん緑もあるし、気持ちいいよね!とも思いましたが、良く考えたらお墓の中をジョギングしてるということですよね(爆)
    さすが、慶州の人の生活に古墳は普通にとけこんでいます。

    そしてそのふたつつながった古墳が皇 南 大 塚です。
    皇南大塚
    天馬塚の内部の話の時にちょっと書きましたが、この時代の古墳は木の箱の上に石を盛り土で覆ってしまうので、一度埋葬したら掘りだすことはできない仕組みになっています。年月が経ると木の箱は押しつぶされてしまうので、その分盗掘の心配も無いと言えますが。
    ですから一度埋葬した古墳に新たに追葬するということができないため、別々の時期に死んだ夫婦などはこのようにふたつ並べてひょうたんのような形の古墳が作られたようです。
    皇南大塚は北墳(写真向かって右側)が副葬品に装飾品が多いことから女性、南墳(写真向かって左側)は武具等の副葬品から男性の墓だったと推定されています。副葬品の豪華さからいっても王と王妃の墓かと。先に王が亡くなってそのあとに北に王妃の墓が作られたらしいです。

    清水常雄氏の著書『ローマ文化王国―新羅』の中では、南墳の方が第18代実聖王(在位402~417)、そして北墳の方がその王妃で第13代味鄒王の末裔の王女である阿留夫人が被葬者とされています。王の墓の方には銀冠と金銅冠しか出土しなかったのに、王妃の墓に金冠が出土しているということから、王は身分の低い出身で、王妃が夫である王以上に高い身分と実力があったことを物語っているという話なんですが、それにしてもトンマンのような女王でもないのに豪華な金冠を埋葬される王妃とは!改めて新羅の女性の地位の高さ、強さが伺え知れて面白いですね。

    その金冠は、現在ソウルの国立中央博物館に展示されております。
    金冠の写真はこちら→過去記事「国立中央博物館に行ってきた! 後編

    皇南大塚
    ひょうたん型の古墳は見る位置によって形を変えるので面白いですね。これは南墳のほうから見た写真です。
    対照物と一緒に撮っていないのでわかりづらいと思いますが、南墳・北墳あわせて114Mの長さということでかなり大きいです。昔うちの小学校にこの位の築山があって、そこでスキー学習したなぁという位の大きさです(わかりづらいw)。

    この大陵苑の中には、他にも大なり小なりたくさんの古墳があります。
     古墳群
    この辺には野生?のリスがたくさん。この囲われた中で暮らしていると外敵もいなさそうでのびのび暮らしてるんだろうなと、一瞬リスを羨みました(笑)

    航空写真で見てみると、有名な3つの古墳以外にもたくさんあるのがわかります。
    大陵苑 航空写真
    下の入口を出てすぐ目と鼻の先が瞻星台で、その先に月城があります。
    本当に王城に近いところにこれらの古墳群はあるんですが、4世紀後半~6世紀前半のこのような古墳(積石木槨墓)は王城に近いところに作られ、その後法興王以降の中古期になると次第に石室墳が主流になり、郊外にある山裾の斜面に築造される形にだんだん変わっていったようです。

    その中の味鄒王陵C地区4号墳から出土したこの有名な象嵌瑠璃頚飾。
    象嵌瑠璃玉
    国立慶州博物館に展示されていましたが、小さなトンボ玉の中に王と王妃と思われる二人の顔と白い鳥の姿もはっきり見えました。
    はるか遠い西域のほうからやってきたと思うとワクワクしますね♪

    ※画像を選択いただくと拡大して見れるようになってます
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    首飾り
    mukuge 様

    この首飾り、「生」で見たのですね、うらやましいです!
    当然、あるはずなんですけど(笑)。
    緑が綺麗ですよね。冬だと真っ白でどれがどれだかわからにかもしれませんが。
    続きをお待ちしています。
    midorin | URL | 2012/05/29/Tue 20:09 [編集]
    midorin様へ
    midorin様、こんばんはーv

    トンボ玉の首飾り、生で見ました!今回は間違いありません(爆)
    写真に環状の影ができているのは、上に虫眼鏡が備え付けてあってトンボ玉を拡大して見れるようになっているのですが、老眼のうちの母はそれでも顔の判別がつかなかったようで…でも見えないのが悔しいようでずっとそこにがぶりついていたので、余計印象に残っています(笑)
    この古墳公園、四季折々の顔がありそうですよねー。秋とかは紅葉も綺麗そうです。
    コメントありがとうございました~続きもがんばります♪
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/05/30/Wed 18:01 [編集]
    管理人のみ閲覧できます
    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    | | 2012/06/07/Thu 23:11 [編集]
    りばさんへ
    りばさん、こんばんはーv
    コメントのタイミングまではかっていただきましてありがとうございまーす。皆さまの生活と私の記事を上げるタイミングが合わないこともあるので、いたしかたないかと。
    ともあれ、コメントいただけるのは励みになりますので、ありがとうございます♪

    > トンボ玉の写真、色が綺麗ですねー!「ローマ文化王国―新羅」でカラー写真を見てはいたんですが、mukugeさん写真で見てもやっぱり色自体も、色の組み合わせも綺麗です・・・!

    綺麗ですよね~。これが1500年以上も前のものだとは到底思えないです。盗掘されず、ましてや風化もせずに残してくれた積石木槨墓バンザイ!

    > 実物はやっぱり良かったでしょうねー。写真で見ると装飾品って、当たり前ですがデザインとしては今のものほど凝っていないというか細かくないように見えますけど、実物を見ると思ったより華奢だったり、千年以上前に誰かがこれを手作りして、どこかへ運ばれ、貴婦人の胸を飾ったのかと思うと胸に迫ったりしませんでしたか?や、自分が宗像で新羅の金の指輪見た時そう思ったんでついv

    今のものほど凝ってないシンプルなデザインながら、目を凝らしてよーく見てみると細工が細かかったりして、当時のものはそのさりげなさが素敵だな~って思いますね。あれだけ綺麗な首飾りなんですから、ぜひに身に付けた貴婦人も美しくあってほしいと思うんですが、美人の国新羅ですからそこは大丈夫だと信じることにします(笑)
    日本という異国の地で新羅の指輪を見るってのは、とても胸に迫りますよね。大きな声では言えないような伝わり方をしたものではなく、正統に海を渡ってきたものであればなおさらで。極端な話、お宝満載でお宝に見慣れてしまう慶州の博物館よりは、九州の宗像の博物館で見た金の指輪の方が、感動があるような気もしますw 贅沢な話なんですが、あれだけお宝がいっぱいあると感覚がまひしちゃうっていうかもったいない気もしました。

    > そして前編記事の話になるんですが天馬塚(字を上から読んでも下から読んでもチョンマチョン)の金冠、mukugeさんの「たぶん」のリフレインも分かるような・・・輝きもそうなんですが、カメラ小僧mukugeさんの画像では微妙に樹木型の部分もひん曲がっているような気が・・・?ていうか全体的に元気がない感じで、樹木型だけに、じょうろで水を注いだら少しはシャキッとするのでは?と国宝をなんと心得る、て言われそうな事を思いましたv

    水どころか、光と肥料も与えなくてはしゃきっとしないほど元気がない金冠ですよね(爆)国宝にしてはあまりにも扱いが悪いので、同じ「出」が4段になっていて勾玉のついていないタイプの金鈴塚の金冠かとも思いましたが、現在ソウルにあるっていうし、それと写真で比べても「出」の部分に出ている飾りをつける突起の数が違ったりするんですよね。
    他の耳飾りや首飾りみたいなものは何が何だかあとからわからなくなりそうだったので、実物の写真のあとに名札の写真も撮っておいたんですが、金冠に関してはあとから見てもわかるだろうと思って撮ってなかったって言う…なので私の記憶だけが頼りだったのにこのあやふやさで。本気で自信がないので、「?」マーク記事に足しておきました(←おいおいおいw)

    > 金帽の細やかさも生で見たらやっぱり感動するんじゃないかと・・・以前三国時代のアクセを再現して作ってる職人さんが、当時の技術でどうやってこんなに細かい装飾が出来たのか分からない、て言われてたんですが便利な機械もない時代、一体どう作っていたのやら。九層木塔にしても、現在の技術では再現が難しいので慶州タワーのような形になった、という話も聞きますので、もちろん歴史に名を残すような王侯貴族が身につけたのかとか作らせたものだと思うと感動する、てのもあるんですが名もなき職人達の尽くした技と情熱の成果がこうして残っていることにもなんかしみじみ、すごいな~と思ってしまいますv

    まさに匠の技ですよね。今ののほほんとした時代と違って、作れなかったら首がとぶとか、切羽詰まった状態があったのかもしれませんが(><) きっと今残っているのはほんの一部分ですよね。もっと凄いものが存在したのかもしれない、そう考えるとワクワクします。慶州タワーの九層木塔モチーフも、思いっきり見上げなければてっぺんが見えないほどすごい高さだったんですよ。それを重機もない当時にどうやって組み立てたのか、凄い技術ですよね。

    > mukugeさん、時代を経て遺された美品の画像をざっくざくと沢山、有難うございました~vv

    いえいえ、まだ“ざっ”ぐらいしか放出してなく、しかもあやふやなものを含めてなので(爆)
    ぼちぼちまた綺麗な装飾品とか出して行きたいと思いま~す。その中に、ちゃっかりオモシロオカシルラ国で発掘した金冠(出の部分が笑という文字になっていて、めんたいこ型玉がついているとかいないとか)の写真も並べて掲載するかもしれません…!w

    隠しコメントでしたが、大丈夫そうなところはそのまま引用させていただきました。ほとんど露出してしまったような気がしないでもないですが、お許しを~v
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/06/08/Fri 21:48 [編集]
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