ドラマ「善徳女王」のファンブログです

    陛下の住まわれる城 月城
    サダハムの木を探してしばらく鶏林を彷徨っていましたが、いつまでもこうしてはいられないので気を取り直して、次の目的地の「半月城」へ。
    ここは鶏林から少し坂を上った上にあります。そう、ご存じ新羅の王宮があった場所ですね。陛下が住んでいたって思うだけで、テンションがあがりますね~♪(タッタッタッ/駆け足)

    半月城
    はいっ、ここがその形から月城、朝鮮時代からは半月城といわれる場所ですが…特に何にもございません!(爆)広い野原とたくさんの木が生い茂っているだけです。

    半月城 遺構
    低い階段状のなぞの遺構も残っていますが、これがいつの時代の何なのかはわかりません。この上に何かの建物があって、その建物に出入りするための階段だとしたら…きゃー、陛下の寝所だったりしてー!とか妄想にとどめるしかありません。

    半月城 建物跡
    半月城の調査は2004年に地中レーダー探査によって大型建物群二か所と苑池等が確認されていますが、そのうちの大型建物群のひとつがこの写真の奥の囲われた土むき出しの部分だろうと思われます。

    半月城は自然の丘陵を削って作ったため周りよりも高い位置にあり、東西北側は土と石を積み基礎を固め、敵の侵入を防ぐために幅広い濠を掘り、南側は南川が流れる絶壁の自然の地形をそのまま防御施設として最大限に利用した天然要塞になっています。

    半月城 濠
    濠は東西北側で高低差(18M)が大きいために幅23~42Mの連続する池状の濠を連ねているそうです。これは東側の東門跡あたりですが、これも濠のなごりかもしれません。
    なんとなく私個人的の勝手なイメージとして平城宮跡や飛鳥宮跡のような平野地を想像していたので、実際に行ってみて半月城が丘の上にあるのがちょっとびっくりでした。

    この半月城にはひとつの伝説が残されています。

    後に新羅第4代国王となる昔脱解(ソッタルヘ)が流れ着いた後(この人も卵生まれ!)、吐含山に登り住むのに適した土地を探していたところ、三日月形の永住するにふさわしい地勢である場所を見つけた。すでにそこには瓠公(ホゴン)の家があり、あきらめきれない昔脱解はなんとかしてこの土地を手に入れようと一計を案じた。
    瓠公の家の周りに砥石や金物、炭などを埋めると、後日瓠公に向かって「ここは私の祖先の家です。私どもはもと鍛冶屋であったが、しばらく隣の村に行っていた間に、他人が奪って住んでいる。ここの地を掘ってみればわかることだ。」と言った。驚いた瓠公が家の周辺を調べてみると、確かに金属や砥石などが出てき、それを見た瓠公はしぶしぶながら納得しこの地を手放し、昔脱解は自分の家とすることが出来た。
    その後、ときの第2代国王南解(ナムヘ)王の耳に入り、昔脱解に智略があることを知って長女を娶らせた。昔脱解は即位後この吉兆の地を王城とすることに定め、それを引き継いで第5代国王婆娑(パサ)王が西暦101(婆娑王22)年に半月城を完成させた。

    ・・・。えー!?智略って言っていいのか?これ?(爆)ずる賢くだましているような。瓠公さん(金閼智見つけた人と同一人物かな?)かわいそすぎる(泣)
    しかも同じ地面に何かを埋める計略にしても、トンマンやミセンの作戦のようにスッキリ爽快感がまるでないっていう。。。
    まぁ、伝説にまともにツッコミ入れるなって話ですがw

    さて、戻りまして、半月城にあった月城全景図です。
    月城全景図
    黒い文字と黄色い矢印は私が書き入れた部分です。
    こうして見ると、本当に綺麗な三日月状ですねー。

    黄色い矢印Aの部分から見た瞻星台方面がこちら。
    月城 瞻星台方面
    丘の上の城から見た瞻星台ですが、当時どれだけ木が生い茂っていて、どれだけ建物があったのかわかりませんが、城から瞻星台は見えたのでしょうか?

    黄色い矢印Bの部分から見た南川方面がこちら。
    月城 南川
    今は川の水が少なくて容易に人が登ってこれそうですが、昔はなみなみと川の水があって侵入するのは困難だったと思われます。

    半月城の木
    濠は文武王の時代に埋め立てられ、宮域を北側に拡張して雁鴨池(臨海殿)などを新設し、この時に瞻星台が宮内に取り込まれたといいます。三国の統一によって外敵の侵入の恐れが遠のいたことや行政機構が拡大し宮域が手狭になったこと、中国都城制の導入による条坊整備などが理由にあげれるといいます。この拡張した月城を、国家の発展と拡大を象徴する満月に例えて「満月城」とも呼んだということです。半月に満月、なんてイキな呼び方なんでしょう。
    発掘調査も完全には終わっていないために、もしかしたらこの地面にお宝がざっくざっく埋まっているかもしれません。早く調査をすすめてこの何もないところに一部の建物でも復元して建ててくれれば、もっと新羅千年の都というイメージもつかみやすくなるかもしれないのになーと思いつつ、しばしこの場で佇み私の魂を陛下の住んでいた1500年ほど前に飛ばして瞑想してみましたv
    がんばれ、日ごろ鍛えた私の妄想力w

    ※画像を選択いただくと拡大して見れるようになってます


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    力がものいう世界
    mukuge 様


    やはり史跡めぐりは、「体力」と「想像力」の勝負ですよね。まあ、基礎知識も要りますが。
    博物館めぐりも同じなんですけれど(笑)。
    midorin | URL | 2012/06/23/Sat 16:20 [編集]
    midorin様へ
    midorin様、おはよーございますv
    確かに私の今回撮ってきた写真を見返しても、緑の平地と緑の山ばっかりで、興味のない人にとってはなんじゃこれ?な写真ばかりに違いないw 
    そこに何があったか想像できてはじめて面白いものになるんですよねー。力に磨きをかけたいです!
    mukuge(むくげ) | URL | 2012/06/24/Sun 09:53 [編集]
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